養生草紙 第三十五巻 五番目の刺客、冷や水に宿る先人の知恵(放射線治療 副作用食道炎)
白い天井を見上げながら、何万人、何十万人もの先人たちが
いやはや、参った。病(やまい)との付き合いは、一寸先は闇、角を曲がるたびに見たこともない不条理な景色が広がっとるもんやと肚(はら)を括ったつもりじゃったが、どうにも世の中そうは問屋が卸さない。人生の嵐というもんは、こちらがようやく息を吐いた隙を突いて、今度はまた別の角度から容赦なく新しい刺客を放り込んできおる。
昨日の午後、地下の電脳からくりで浴び続けた放射線の毒素が裏口から火を放ち、背中の皮膚が日焼けのようにヒリヒリと赤く腫れ上がるという、四番目の敵に襲われたのは記憶に新しいところでございます。主治医の先生がすぐに処方してくれた塗り薬を看護師さんに優しく塗ってもらい、その痛みをなんとか誤魔化して、磨き上げた坊主頭をごろりと枕に預け、ようやく深い眠りについたんじゃがのう。
夜中にふと、シーツにまとわりつくような、じっとりと気味の悪い冷たい寝汗を大量にかいて目が覚めたんじゃ。
時計の針は午前三時を回ったところ。大部屋の静寂の中に、他の患者さんの静かな寝息だけが響いておる。ひどく喉が猛烈に渇いたもんで、手持ち無沙汰の怪物を追い払うためにベッドの横に置いとう水のペットボトルに暗闇の中で手を伸ばし、乾いた唇を潤そうと一口含んでみた。その瞬間じゃ。
「……痛っ!」
思わず声を上げそうになり、ペットボトルを落としそうになりやした。
喉の奥の、ちょうど空気の通り道のさらに奥深くへ、火のついた炭をそのまま放り込まれたような、焼け付くような鋭い激痛が走ったんじゃ。驚いて生唾をゴクリと飲み込むだけでも、今度は刃物で抉られるようにズキリと痛むし、胸のあたりがじわじわと気味が悪く熱く焼ける。
「え、え、まさかこれが、夕方の回診の時に先生が注意しろと言うとった食道炎か……」と、暗闇の中で天井を仰ぎながら、あまりの痛さに呆然としてしもうたわ。
インスリンでの血糖値管理に始まり、手足の痺れ、あの缶コーヒーを錆びた水に変えた味覚障害、そして背中の皮膚炎。そこへきて、この喉を襲う食道炎じゃ。ついに五番目の新しい敵が、容厦なくワシの前に立ち塞がりおったわけでございます。がん治療ちゅうのは、ホンマに次から次へと休む間もなく、容赦なく新しい刺客を送り込んできおる。播州の秋祭りで荒ぶる神輿を担ぎ回っていた頃のワシなら「かかってこんかい!」と胸を張れたかもしれんが、さすがにこれだけ畳み掛けられると、四十八の男の意地もプライドも、一瞬にして消し飛んじまいやす。
朝の問診の時間になり、パチリと部屋の蛍光灯が灯るやいなや、ワシはもうベッドの上で這うようにして主治医の先生にこの惨状を訴えやした。
すぐに痛み止めと胃薬を分けてもらったんじゃが、薬が効き始めるまでの間、とにかく痛うて朝飯の食事が一切喉を通らん。体力を落としちゃあいけん、明日からの大戦(おおいくさ)のガソリンやと頭では分かっちゃいるが、固形物を無理に飲み込もうとすると、喉の関所で火花が散るような激痛が走るもんで、箸を持つ手も震えてしまう。
情けない話やが、たまらずナースコールで白衣の天使に泣きついて、食事を喉通りのええゼリーのような形態のものに急遽変えてもらった。じゃがな、そのツルンとしたゼリーですら、飲み込むときに喉の奥でつかえてしまって、痛みに耐えながら少しずつ口に運ぶもんだから、時間がかかってしゃあない。
やれやれ、これではこの二回目の治療を終えて退院し、あの住み慣れた我が家に帰ったとしても、大好きな馴染みの店の美味い焼肉が食えんではないか。家の茶碗で温かい白飯を囲む家族の笑顔をアテにすることすらできんのか。そう思うたら、いささか心がポキリと折れて情けのうなってな。管理される病人としての孤独が胸に押し寄せ、がっくりと肩が落ちたわい。
さらに追い打ちをかけるように、処置の合間に常温の水を飲んでも、喉の痛みに胃袋がビックリしたんじゃろう、ムカムカとして吐き気がせり上がってきて気持ち悪うなってな。
これも藁をも掴む思いで看護師さんに相談してみたら、彼女はワシの坊主頭をなだめるように、にっこりと微笑んでこう教えてくれたんじゃ。
「自由爺さん、常温だと喉の炎症に響くから、お水を冷蔵庫で少し冷やすと、喉の通りが良くなって無茶苦茶飲みやすくなりますよ」と。
さっそく、新しく相棒になったスマホを枕元に置き、冷蔵庫から取り出した冷たい水を口に含んでみると……おお、これならまだマシじゃ! 冷たさが喉の熱をスッと引かせてくれる氷のクッションのようじゃった。
ベッドの上で、小さな計量カップに移した冷たい水をチビチビと喉の奥へやりながら、ふと考えたんじゃ。
ワシがいま、こうして白いカーテンの檻の中で「痛い」「気持ち悪い」「水すら飲めん」とナースコールを押して相談しとうこの苦しい内容は、決してワシ一人の特別な不幸じゃあねぇんだな、と。かつてこの同じ白い天井を見上げながら、何万人、何十万人もの先人たちが、同じように癌という怪物と対峙し、同じように苦しみ、経験し、そして泥臭く乗り越えてきたことなんやろなぁ、とね。
その無数の涙と戦いの積み重ね、歴史の結晶が、今の「水を冷やす」ちゅう小さな知恵や、ワシの痛みを和らげてくれるこの一粒の薬に繋がっとる。
そう思ったら、暗闇の向こうにいる、名前も顔も知らん多くの先人たちに対して、心の中から「ありがとう」と、じーんと熱い感謝の念が湧いてきたんじゃよ。自分は決して、この病室で一人ぼっちで戦っているわけじゃあねぇんだ。
敵は確かに強大で、次から次へと刺客を送り込んできおる。けれどな、ワシの後ろには、先人たちが命懸けで残してくれた知恵の引き出しが、それこそ山ほど、数えきれないくらい山ほど味方として待っとるんじゃ。そう思えば、この五番目の食道炎という手強い敵も、焦らず、恐れず、なんとか笑顔でいなして前に進める気がしてくるだのう。一度は「死ぬ??」とまで怯えたワシじゃが、少しずつ肝が据わってきたようじゃ。
ま、いくらベッドの上で頭を悩ませて焦ったところで、時計の針が早く進むわけじゃなし、大好きな肉が早く食えるようになるわけでありゃせん。
今は、看護師さんが教えてくれた冷や水を新しい相棒にして、指示通りの目盛りを睨みながら、ボチボチと喉をいたわっていくとしますわ。これが今のワシの戦闘服であり、大切な養生の段取りなんじゃから。
皆も、日々の忙しい仕事や暮らしの現場の中で、壁にぶつかって心が折れそうな夜があるやろう。そういう時は、男の意地やプライドでジタバタと波を立てようとせず、先人たちの知恵や身近な人の優しさを大切に受け止めて、そっと身体の力を抜きなされ。止まない雨はねぇし、明けない夜もありやせん。
今夜はどうか余計な先回りの心配事はすべて屋上の風に預けて、心穏やかにゆっくりとお休みくだされ。
ワシはワシの道を、明日もまた、ボチボチと歩むだけや。それじゃあ、また。

