太公望の戯れ 第七話 爺、宝の地図を広げる

加古川の河原でニゴイを一匹釣り上げ、すっかり気を良くした爺の、その後の奮闘記でございます。

ニゴイ一匹に気を良くした爺は、その晩も興奮冷めやらぬまま、夜更けまでパソコンの前に座り込んどった。いやはや、最近は本当に便利な世の中になったもんでのう。昔なら釣具屋のオヤジに頭を下げて秘密の場所を教えてもらったり、分厚い釣り雑誌を何軒も回って買い集めたりせな分からんような情報が、今や家に居ながらにして、指先一つで丸裸にできるんじゃから恐れ入る。

画面の上に文明の利器である電子地図を広げ、上空からの航空写真を眺め、地元の釣り師たちのブログを隅から隅まで読み漁る。気分はすっかり、古びた羊皮紙の地図を広げて財宝のありかを探す海賊船の船長じゃ。「ほうほう、ここの淀みは良さそうやな」「この瀬には魚が付きそうや」と、夜中に一人でニヤニヤしながら画面に齧り付いとった。

ところが、この一見きらびやかな川釣りという宝探しには、一つ大きな、それこそ壁のように立派な問題が立ちはだかる。そう、「駐車場」という問題じゃ。

これがのう、田舎の川沿いと侮るなかれ、なかなか見つからんのよ。画面を睨みつけて「ここは絶対に大物が釣れる!」という極上のポイントは見つかっても、肝心の車を安全に置く場所がどこにもない。下手にその辺の農道や草むらに放り込んで、近所の百姓衆やパトロールのお巡りさんに迷惑をかけるわけにはいかんからのう。地図を拡大したり縮小したり、細いあぜ道を辿っては行き止まりになり、また元の場所へ戻ったり。気がつけば白髪の頭を掻きむしり、老眼の目を血眼にして探しとったわい。

「ここはどうや、一台くらい置けそうやな」「いや待て、ここは私有地で入れんか」「おっ、この土手の膨らみなら、これはいけるんちゃうか!」

夜中に独り言をブツブツ呟きながら画面の道を指でなぞる姿は、まるで夜逃げの算段をしとるか、泥棒が警察から逃げる逃走経路を必死に探んどるみたいじゃが、当の本人はいたって大真面目、至極真剣である。そうして目をシパシパさせながら苦労した末に、ようやく堤の周辺で、誰の邪魔にもならずに車をちょいと停められそうな、神様が残してくれたような極小のスペースを見つけたときには、真夜中に小さくガッツポーズが出たもんじゃ。

明けて翌日。

お天道様が昇ると同時に、さっそく相棒の軽車を走らせて現地へ向かう。今日は竿を振り回して釣ることよりも、まずは自分の足で地形を確かめる「探索」が主目的じゃ。車を例のスペースへそっと滑り込ませ、堤の周囲をゆっくりと歩いてみると、これがまた、釣り人の目には実に面白く映るワンダーランドやった。

川の流れを遮る堤の横には、魚たちが行き来するための「魚道」がコンクリートで綺麗に整備されとる。そこへ別の小さな支流がトトトッと心地よい音を立てて流れ込み、本流とぶつかって複雑な白波を立てとるんじゃ。ゴォゴォと音を立てる流れの速い場所もあれば、そのすぐ隣には嘘のように静まり返った深い淀みもある。

「これだけ変化があれば、住んどる魚の厳つい顔ぶれも、場所ごとに全然違うんやろうなぁ」

そんな贅沢な想像を膨らませながら、偏光グラス越しにキラキラ光る水面をじっと眺めて歩く。

すると、一箇所の緩やかな淀みに差し掛かったときじゃ。「あっ、鯉や」と思わず足が止まった。しかも一匹や二匹の迷い子やない。十匹以上の大物の団体さんで、我が物顔で悠々と泳いどる。それも、とにかく一匹一匹がメーター級かと思うほどデカい。丸々と太った灰色の魚体が、水中で鈍く光っとる。

「うわぁ……なんちゅうサイズや……」

圧倒されて、口から間抜けな感嘆の声が漏れる。さらに息を殺し、川底の物陰に目を凝らす。「あんの、泥の上をニョロニョロと不気味に動いとる平べったい頭は……やっぱりナマズやな!」しかも、これまたルアーを一口で丸呑みにしそうな、立派なひげを蓄えたメタボ体型のサイズじゃ。

よしよし、役者は揃ったなと、さらに一歩足を進めたその直後のこと。足元のガサガサとした草むらのすぐ近く、浅い泥底のシャローで、何やら不気味な赤黒い、丸太のような影がゆっくりと動いた。

「うおっ!」

これには心臓が跳ね上がり、本日一番の大声が出たわい。

雷魚(ライギョ)や。しかも、ワシがこれまでの人生で想像しとったやつより、遥かに太くて大きい。蛇のような厳つい斑点模様をまとった魚体が、浅瀬でじっと獲物を狙うとる。

昨日、パソコンの四角い画面で調べた魚たちが、本当におる。嘘偽りなく、目の前におるんじゃ。画面の中の、誰かが書いたおとぎ話やなかったんや。鯉がおる。ナマズがおる。そして化け物みたいな雷魚がおる。なんだか加古川の自然が作った天然の動物園に来たみたいで、竿も持たずにただ土手を歩くだけで、胸がバクバクして最高に楽しい。

ただ、ひと通り興奮した後に、冷や水を浴びせられたような一つの大問題に気がついた。魚はおる。間違いなく足元におる。しかし、この場所は堤の上がコンクリートの壁になっておって、水面までの足場がとにかく高いんじゃ。計ってみりゃ、ワシの背丈の倍は優にある。

これが十五センチの小魚なら、竿の弾力で空中へ一気に引っこ抜ける。じゃが、相手はさっき見た、あの丸太ん棒みたいな猛者たちじゃ。話が根底から別物になる。もし運良く針に掛けたとしても、重すぎて絶対に上まで上げられん。糸が切れるか、竿が真っ二つに折れるのがオチじゃ。しばらく魚と引っ張り合いをして泳がせながら、あっちのなだらかな草むらの足場の良い場所まで、だましだまし誘導するしかないかもしれん。

そんな釣らぬ狸の皮算用を頭の中でこねくり回しながら、「もしここで雷魚を掛けたら、奴は一気にあの杭の向こうへ走るな」「そうはさせじとこっちへ竿をいなして、あの淀みへ誘導して」「最後はここで、一発でネットを入れて……」などと、土手の上にポツンと突っ立って、一人で勝手に身振り手振りを交えながらシミュレーションしとった。まだ一匹も針に掛けておらんし、ルアーすら投げておらんのに、爺の頭の中だけは大漁旗がはためき、近所に配る算段をするほどの爆釣状態じゃ。まったく、おめでたい頭やで。

帰り道。

興奮の余韻を引きずったまま、いつものお馴染みの釣具屋へ吸い込まれるように寄る。何か今の高い足場を攻略するヒントはないかと、アミの匂いが染み付いた店内をウロウロと歩いていると、ある道具が棚の隅でギラリと光り、ワシの目に飛び込んできた。

「えっ?」と思わず足がピタリと止まる。

それは、折りたたまれた柄が、伸ばすと五メートル近くまでシャキーンと魔法のように伸びる、超ロングサイズのタモ網(ランディングネット)じゃ。

「おいおい、現代にはこんな便利なもんがあるんか!」

危うく店内で大きな声を張り上げそうになったわい。その瞬間、昨日からワシの頭の中でバラバラに散らばっとったパズルのピースが、一気にガチーンと一本の線に繋がった。高い足場。目の前にいる大きな魚。そして、どうやって陸に上げるかという最大の取り込み問題。これさえあれば、全部綺麗に解決やないか!

その瞬間、高い堤の上から身を乗り出し、怒り狂って暴れる巨大な雷魚をいなし、この五メートルのタモをスルスルと伸ばして、見事にネットの奥底へ収める自分の勇姿が、脳裏にカラー映像で鮮明に浮かび上がった。

ガハハ、もう釣れたも同然である。何度も言うが、まだ現場で一回もルアーを投げておらんのじゃがな。

ホクホク顔でレジで買い物を済ませ、新品の長いタモを抱えて愛車へと戻る。助手席にそっと寝かせた新品のタモをチラチラと盗み見ながら、ワシの顔はきっと、端から見れば気味が悪いほどニヤニヤと緩みっぱなしじゃったろう。

魚を釣る前の、この準備段階から、どうしてこんなに楽しいんじゃろうな。どうやら釣りという因果な趣味は、魚の姿を追いかけとるようでいて、実はその裏で、男がいくつになっても忘れられん「少年の夢」を追いかけとるものなのかもしれんな。

さて、道具は完璧に揃った。言い訳はできんぞ。次は、あの淀みに潜む、あの厳つい顔をした雷魚と、男のガチンコリベンジマッチの勝負をしてみるかの。

拙い話にお付き合いくださり、感謝の極みじゃ。
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