第八話 我が工房の3Dプリンター紹介(Bambu Lab A1 mini)

さあさあ、お立ち会い!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。本日我が工房にやってきた、何とも不思議な魔法の箱のお話でございます。こいつの正体をネットの広大な海で調べてみたらば、出ました名前が「バンブーラボの、えーわんミニ(Bambu Lab A1 mini)」という。なんだか竹林をササッと駆け抜ける忍者のようでもあり、どこか愛嬌のある可愛らしい名前の機械じゃ。

届いた大きな箱を目の前にし、いそいそと荷造り紐をほどいて驚いたのなんの。出てきた姿は、思ったよりずっと小さくてのう。最先端の精密機械というよりは、台所の片隅に置いてある、ちょっと上等なトースターが部屋に鎮座しとるような佇まいや。アイボリーと灰色を基調にしたすっきりとした姿は、爺の油じみたむさくるしい作業場にはちともったいないくらい小綺麗で、なんともいえん愛嬌がある。重さも五・五キロほどしかなくてのう、ワシが若かりし頃に担いだ米俵に比べりゃ、初孫の赤ん坊をそっと抱き上げるようなもんじゃ。これならどこへでもひょいと持ち運べるわい。

さあ、いよいよこいつに命を吹き込む、運命の瞬間じゃ。

コンセントを差し込んでパチリとスイッチを入れると、本体の小さな画面がピカッと光って、なんと日本語で語りかけてきよる。「ボタンを押しなはれ、案内しまっせ」と言わんばかりの親切丁寧なナビゲーションじゃ。

この機械の何が凄いかって、プラスチックの素麺みたいな細い紐(フィラメント)を後ろにセットしてボタンをポンと押すだけで、あとは全部自分で「準備体操」を始めるところや。「ウィーン、ガシャガシャ」と、まるで昔見たロボットアニメの出撃前夜みたいに、あっちの関節を動かし、こっちのネジを確かめるように健気に動きよる。昔のこの手の機械やったら、ネジをミリ単位で回したり、ノズルの下に紙を一枚挟んで隙間をごりごりと測ったりと、それこそ職人の勘みたいな手作業が必要やったらしいんじゃが、こいつは全部自動。熱くなったノズルの先っちょで、金属の土台をツンツン、ツンツンと小突き回して、「よし、これでええ塩梅じゃ」と、自分で一番居心地のええ位置を決めてしまいよる。

「なんや、ワシの鈍った勘よりよっぽど賢いがな!」と、思わず感心して舌を巻いたわい。

そして、いざ本番、印刷が始まると、その圧倒的な速さに本当に腰を抜かした。「シュシュシュシュッ、シュシュシュシュッ!」と、目にも留まらぬ早業で、熱でとろりと溶けた素麺が寸分の狂いもなく積み重なっていく。昔の分厚い電話帳くらいの厚みがある立体物でも、ほんの十数分で目の前に形にしてしまうんじゃから恐ろしい。これなら、せっかちで知られる播州の爺でも、「まだか、まだか」と時計を睨んで退屈しとる暇がありゃせんわい。

おまけに、動いている音が驚くほど静かなんじゃ。なんでも「音を打ち消す魔法(アクティブ・ノイズキャンセリング)」とやらが裏で働いとるらしく、機械が必死に汗をかいて働いとう間も、隣でワシが「ふぅ」と湯呑みの茶をすする音のほうがよっぽど大きいくらいや。時折、金属のレールを滑る「スーーッ」という滑らかな擦れ音が聞こえるだけで、まるで夜更けに家人が寝静まった後、小さな靴職人の小人が内緒でものづくりをしとるような、不思議な静けさが作業場を満たしていく。

思えば、ワシらが若かった頃のものづくりいうたら、すべてが削って落とす「引き算」の世界やった。大きな木の塊を小刀でひたすら削り、余分なところを落として、指に痛いタコを作りながら泥臭く形を削り出す。何事もじっくりと時間をかけ、汗を流して手を動かし、もしも最後の一削りで失敗したら材料が丸ごとパーになるのが当たり前、それが職人の世界じゃった。

それが今や、どうじゃ。何もない平らな空間に、溶けたプラスチックを一層ずつ丁寧に積み上げる「足し算」のものづくりや。しかも、頭の中の設計図さえパソコンで覚え込ませておけば、ワシの代わりにこの機械が、夜通し文句ひとつ言わずに働いてくれる。科学の進歩というやつは、ワシらが泥んこになって生きてきた昭和の常識を、新幹線並みの猛スピードで追い抜いていきよる。

ただのう、あまりに便利で至れり尽くせりな魔法の箱じゃが、ちょっとボヤきたくなることも少々ある。

このお利口さんな箱、親切なことにスマホの画面からでも「大将、今こんな感じで作っとりますよ」と、内蔵された小さなカメラでリアルタイムの様子を覗かせてくれるんじゃ。おかげで、わざわざ寒い作業場にこもらんでも、居間のこたつでテレビを見ながら進み具合がわかって大変重宝するんやが……これがまぁ、気になって気になって仕方がない。

「おいおい、ちょっと左の角の肉付きが曲がっとらんか?」「いや、これはこれで後から綺麗になる正解の動きなんか?」

スマホの画面を穴が開くほど凝視するあまり、手元のお茶を畳にこぼしそうになる始末じゃ。便利になりすぎて楽ができるかと思いきや、かえって人間の方が機械の機嫌にハラハラさせられとるんじゃから、なんともおかしなこっちゃ。説明書も紙やなくてスマホの中で、あっちのページをめくり、こっちの画面を拡大しとるうちに、老眼のワシは「はて、ワシは一体何を調べようとしとったかいな?」と目的を忘れて迷子になってしまうのが玉に瑕(きず)やな。

それに、こいつは滅法お利口さんやが、部屋のサイズ(造形サイズ十八センチ四方)がちょっとばかし小ぶりじゃから、大きな大物を作ろうと思たら、あらかじめバラバラの部品に分けて作って、後から接着剤でガッチリと合体させなアカン。まあ、人間も機械も、完璧いうわけにはいかんのが、また不器用で可愛いところやけどな。

それでも、一晩明けて鳥の鳴き声とともを作業場へ行ってみると、そこにはワシが頭の中で描いた通りの、実に美しい魚の形をしたルアーが、一糸乱れぬ綺麗なシマ模様(積層痕)をまとって、台座の上にちょこんと誇らしげに座っとる。指先でそっと触れてみると、表面はツルツルとして心地よく、働き終えたばかりのほんのりとしたプラスチックの温もりが残っとるような気がするんじゃ。

「いやはや、本当にええ時代になったもんじゃのう……」

昔、引いた墨一本の狂いも許されず、カンナを握り締めていた頑固な職人が見たら、神仏の仕業かと腰を抜かして拝み始めるに違いない。自分の手を泥まみれにして削る苦労もそりゃあ尊いが、こうして新しい現代の技術を相棒にして、頭の中のニヤニヤするような妄想をそのまま形にするのも、これまた乙で贅沢なもんじゃ。

よし、この魔法の箱から生まれた新しい相棒(ルアー)を道具箱に忍ばせて、今度は加古川のあの淀みに潜む、警戒心の強い大きなチヌ(黒鯛)でも引っ掛けにいくかのう。

いくらカメラやプリンターがバッチリと仕事をこなしてくれても、最後に魚が釣れるかどうかは、竿を握るワシの腕次第。こればかりは、どんなに賢い3Dプリンターでも自動調整して魚を引き寄せてはくれんからのう。最後の最後は、男の手仕事の勝負や。

焦らず、急がず、明日もボチボチ、新しい形を作りにいくとしよう。

拙い話にお付き合いくださり、感謝の極みじゃ。
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