ラフォーレ修善寺 山紫水明
修善寺の深い森へ分け入ると、時の流れがふっと緩む気がいたしやす。 「ラフォーレ修善寺 山紫水明(さんしすいめい)」てぇ宿は、まさにそんな浮世離れした感覚を味あわせてくれる隠れ家でござんした。
敷地は呆れるほど広く、寝床(部屋)から飯処や湯屋へ行くには、屋敷内を走る「乗り合い馬車(バス)」を使わなきゃならねぇ。最初は面食らいやしたが、これがまた「旅に来たなぁ」という旅情を誘う。森の中をトコトコ走る、小さな駕籠(かご)のようなもんでさぁ。
さて、この山紫水明の一番の自慢は、全室に「温泉露天風呂」が付いていることでござんす。 部屋の縁側へ出て、湯を張り、森を眺めて独り占め。 こいつが実にたまらねぇ。湯は修善寺らしい柔らかさで、肌にまとわりつくような嫌味がねぇ。例えるなら、角の取れた丸い川石に腰掛けているような安らぎでさぁ。長湯をしても疲れず、湯上がりは体の芯までじんわり温まりやす。
今回は、ちょいと足を伸ばして、敷地内の大浴場「森の湯(もりのゆ)」へも行ってみやした。 また馬車に揺られ、森を歩くと現れる湯処。 内湯も露天も広々として、見上げる空が高いこと! 部屋の湯とは違い、こっちは「修善寺の自然を丸ごと頂く」ってぇ寸法だ。風が木々を揺らす音を聞きながら浸かれば、あっしも森の一部になっちまったようでござんす。
部屋の露天が「己(おのれ)と向き合う湯」なら、森の湯は「自然に溶け込む湯」。 その両方を味わえるなんざ、隠居には過ぎた贅沢でしょうな。
夜はまた、部屋の湯へ。湯気の向こうに浮かぶ森の影と、遠くの虫の声。 絵草紙(テレビ)も、異国のからくり(スマホ)も、ここでは野暮なだけ。俗世を忘れる時が、ここには確かにありやす。
派手な湯じゃござんせん。 だが、森と、湯と、静寂(しじま)。それさえありゃあ、自由爺には十分すぎる。 ただ「何もしない」をしに行く湯治場。 それが、「ラフォーレ修善寺 山紫水明」でござんした。

