養生草紙 第二十六巻:静かなる違和感、二度目の試練 (抗がん剤の副作用 初期症状の出現)
抗がん剤を受けた翌日の明け方
いやはや、人間の身体というものは、本当に一筋縄ではいかん複雑なからくりでございますな。
昨日は、あの白一色の城で二度目となる「抗がん剤投与の儀式」を無事に終え、手首から肩の奥へと伝わるお薬のひんやりとした冷たい感覚を肌に受けながらも、「暇持て余し地獄」をスマホという新しい相棒でなんとか切り抜けたわけでございます。一回目の時が気の抜けるほど痛くも痒くもない「拍子抜け」でございましたから、昨夜も「技術の進歩ちゅうのはえらいもんや、昔のトイレが友達状態に比べりゃあ天国やな」と、磨き上げた坊主頭をごろりと枕に預け、すっかり安心しきって深い眠りに就いたのでございました。
ところが、天ってなぁ、調子に乗って背伸びをしている男の横っ面を、忘れた頃にパチンと叩いてくるもんで。
まだ夜の帳(とばり)が完全に明けきらぬ、しんと静まり返った午前五時前のことでござんす。パチリと目が覚めたというよりは、ふと、己の身体の内側から湧き上がってきた得体の知れない妙な違和感に襲われて、無理やり意識を浮世に引き戻されたんじゃ。
「あれ、おかしいな……なんか、気持ち悪い……」
静まり返った四人部屋の暗がりの中で、誰にも聞こえぬような小さな声でそう呟いてみやした。
テレビのドラマや映画で見るように、いきなり洗面台にしがみついてバケツを抱えるような、激しい胃のひっくり返りではありやせん。吐きたいとまではいかんのじゃ。ただ、胸の奥深く、ちょうどみぞおちのあたりが静かに、じわじわとモヤモヤしてな。まるで、出来損ないのセメントを胃袋に流し込まれて、それが体温でじっとりとお腹の底を侵食していくような、何とも表現しがたい不気味な不快感でございます。トントンと胸のあたりを叩いてみるが、心臓の脈がいつもより少し早いような気がしてな。耳の奥でドク、ドク、と、普段よりせっかちな時計の針のような音が不規則に響いておる。
焦る気持ちをグッと抑えながら、暗闇の中で手探りでベッド脇の頭頭に手を伸ばし、娑婆(しゃば)から持ち込んだペットボトルの水を一口含んでみたんじゃ。
乾いた喉を潤せば、この胸のモヤモヤも一緒に胃の腑へと洗い流されてくれるんやないか、という一縷の望みをかけてな。けれどもののう、いつもなら喉を優しく通り抜けるはずのその水ですら、今のワシの胃袋には、まるで行き場を失った冷たい石ころのように居座って、ちっとも落ち着く気配がない。一口飲んだだけで、胃の入り口がキュッと固く閉ざされてしまうような、身体が明確に拒絶のサインを上げているのが肌を通じてはっきりと分かりやした。
そうこうしてベッドの上で寝返りを打ちながら悶々としとるうちに、朝の六時、パチリと部屋の蛍光灯が灯り、気ぜわしい病院の午前中を告げる朝の検温で、いつもの看護師さんがトレイを手にやってきたのでございます。
ワシの顔色が少し優れないのを察してくれたんじゃろう、枕元に寄り添って声をかけてくれた。そこでワシは、この明け方から始まった胸の奥のモヤモヤと、水すら受け付けない今の体の状態を、格好をつけずにありのままに伝えたんじゃ。
看護師さんの話では、点滴のお薬の中にも、あらかじめ強力なステロイドの吐き気止めは大層しっかり入っとるんじゃが、身体の反応ってなぁ人それぞれでな。二回目、三回目と回数を重ねるうちに、体の中にお薬の毒素がじわじわと蓄積されて、こうしてひょっこり顔を出すこともあるらしい。
「自由爺さん、無理して我慢しちゃいけませんよ。お薬を追加して、まずはこのモヤモヤを抑えましょう」
そう言って、利発そうな主治医の先生に連絡を取り、すぐに追加で錠剤の吐き気止めを出してくれることになったんでさぁ。手渡された小さな白い錠剤を、残った水でなんとか喉の奥へ流し込み、再び静かに横になりやした。
それにしても、一回目はあんなに楽やったのに、二回目にしてこの変化……。
「あれ、あれ? 一回目と何かが決定的に違うぞ」
お薬が胃の中で溶けていくのをじっと待つ間、ワシの心の中に、スーッと冷たい緊張が走ったんじゃ。
これまでは、最新の医療のからくりを信じ、最初の一歩が怖くなかったという事実を一番の心の栄養にして、どこかこの大戦(おおいくさ)を甘く見ていたのかもしれやせん。医療が進歩して昔に比べれば無茶苦茶楽になったとは聞いておったが、やはり相手は人間の手の届かない息の通り道の奥深くに身を潜める、あの忌々しい「癌」を叩き潰すための、一筋縄ではいかん強い薬なんやなと、深く奥歯を噛み締めやした。油断をすれば、一瞬にして足元をすくわれちまう。これこそが、夢や幻ではない、大病を背負うたワシの紛れもない現実の闘いなんだと、青々とした坊主頭のてっぺんまで冷や汗が伝わる中で、改めて兜の緒をギュッと締め直すような心地がしたわけでございます。
病気という目に見えない怪物との闘いは、毎日が同じ一本道を歩むようにはいかんもんですな。
昨日までは雲一つない初夏の青空のような晴れの日で、足取りも軽く歩けていたとしても、明くる日の朝になれば、こうして急に目の前が見えなくなるような深い霧が立ち込めることもある。人間の身体も、世間の天気と同じで、思い通りに進まないのが当たり前なんじゃろう。
けれどのう、ここで「余命二年」の宣告を受けたあの日のように、悪い方、悪い方へと先回りの心配をして焦ったところで、胸のモヤモヤが消えてくれるわけじゃなし、膵臓の血糖値が下がるわけでもありゃせん。ジタバタ足掻いて波を立てるよりは、出されたお薬の力を信じ、自分の身体の底力を信じて、また静かに時が過ぎるのを待つとしよう。動かない時計の針を呪うより、「今は深く膝を曲げて、嵐が通り過ぎるのをじっと耐える時期なんや」と、腹を括るのが自由爺としての戦い方ってぇもんでございます。
窓の外を見れば、少しずつ朝の光が白一色の病室の床を照らし始めておる。
どんなに深い霧が立ち込めようとも、明けない夜はねぇし、止まない雨もありゃせん。皆も、日々の暮らしや仕事の現場の中で、物事が思うようにいかずに急な霧に巻かれるような日があるやろう。そういう時は、深く呼吸をして、まずは自分の身体を一番に労わってやりなされ。
さて、今はお薬が効いてくるのを待ちながら、もう一度ゆっくりと目を閉じることにするわ。明日にはまた、明日の風が吹くんじゃからな。ボチボチ、行こうやないの。
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
万が一、掲載した情報でトラブルが起きても、当サイトでは責任を負いかねるんじゃ。すまんねぇ。
詳しいお約束事は、こちらの「プライバシーポリシー・免責事項」にまとめてあるで、一読しておくれやす。
