養生草紙 第三十一巻:味覚の家出と、苦い再会 (抗がん剤副作用による味覚障害)
いやはや、参った。一寸先は闇、そして味覚の家出。
いやはや、参った。一寸先は闇とはよう言うたもんじゃが、養生の道中ってなぁ、本当に角を曲がるたびに見たこともない不条理な景色が広がっとるもんやな。
二度目の抗がん剤を投与した翌日の明け方から、ワシの胃袋は天下分け目の戦場と化し、子供のころに乗った古いフェリーを思い出させるような激しい「船酔い」の苦しみに悶絶しておりやした。指先から足の裏にかけては無数の電気虫がザワザワと這いずり回っとるような奇妙な痺れに襲われ、看護師さんの「一口だけでも」という優しい言葉にすら応えられず、まる二日、通算で四食も続けてご飯を抜いてしもうたのが昨日までの出来事でございます。四十八の坊主頭の親父が、ベッドの上でただただ時が稼げるのをじっと待つ、気の遠くなるような忍耐の夜を過ごしておりました。
ところが、パチリと病室の蛍光灯が点灯して迎えた今朝、目が覚めたときは「おっ」と声を上げそうになったんじゃ。
ベッドの上で恐る恐る自分の身体の声を聴いてみれば、ここ数日ワシを翻弄し続けとった、あの嫌な「船の揺れ」が、だいぶん収まっとる。頭の芯のボウッとした熱も引き、お腹の底の狂ったダンスもどうやら終演を迎えたようじゃ。まるで猛烈な嵐が過ぎ去った後の、どこまでも静かな朝の海を眺めるような、そんな極上の安堵感が五臓六腑へじわじわと広がったわい。まだ指先のピリピリとした居候は残っとるものの、あれほど見るのも億劫じゃった食事に対して、まだ「旺盛」とまではいかんが、何とか食べられそうな前向きな気がしてきたんじゃ。
そこへ廊下の向こうからガラガラと配膳車が近づき、ワシの元へ運ばれてきたのは、久方ぶりのまともな朝メシでございました。
蓋を開ければ、焼き色のついたロールパンに牛乳、目玉焼き、そして小さなゼリー。いつものあの食欲を削いでくれるブルーのプラスチック容器に変わりはありやせんが、丸二日も欠食しとったワシの身体にとっては、まさに神仏から授かったようなご馳走じゃ。
長年使い込んだ我が家の茶碗の温もりを思い出しながら、箸とフォークを不器用な指先で握り、一つひとつ、しっかりと噛みしめるようにして完食してやったぞ。自分の顎を動かし、食べ物を胃袋へ収める。この「食べられる」という当たり前の行為が、これから五クールの戦いに挑むワシにとって、どれほど心強く、命の灯火を太くしてくれるもんやとはのう。
腹にガソリンが溜まると、現金なもので少しばかり元気と男の意地が湧いてきたもんじゃから、借りてきた猫状態を脱してベッドから起き上がり、スリッパをペタペタと鳴らしてトイレへ向かったんじゃ。
用を済ませた帰り道、白一色の廊下の片隅に、ぽつんと佇む自動販売機が目に入ってな。あの赤や青の電灯が並ぶ姿を見た瞬間、乾いた喉がゴクリと鳴りやした。娑婆(しゃば)におった頃は、仕事の合間の頭休めに、日に何度もコインを放り込んでいた大好きな缶コーヒー。この一週間ほど、味気ない水の目盛りばかりを睨みつけて喉をヒリヒリと痛めていやしたから、自分へのささやかな戦勝祝いのつもりで、久しぶりに一本買うてみたんじゃよ。
部屋に戻り、白いカーテンに囲まれた自分の城のベッドに腰掛けて、パキッと小気味よい音を立ててプルタブを開ける。
あの昭和の喫茶店を思い出させるような、ほろ苦くて香ばしい香りを鼻腔一杯に期待して、ぐいっと一口、含んだんじゃが……。
「……え、え、え、なんやこの味は!?」
思わず、声にならない播州弁の叫びが心の中で派手に飛び出したわ。
おかしい。あんなに毎日楽しみにしとるはずの、慣れ親しんだコーヒーの味が、全く、これっぽっちもせんのじゃ。五感を鋭くして確かめてみても、豆の苦味もコクもどこへやら、ただの得体の知れん、金属の錆びた水を飲まされているような「不味い液体」に変わってしもうとる。一口目で脳が強烈な拒絶を起こし、もうそれ以上は、どうあがいても喉を通らんようになってしもうた。
抗がん剤ちゅうやつは、胸の奥の影だけでなく、人間が生きていくための、この「味の好み」というささやかな彩りまで根こそぎ奪っていくんやろうか。
船の揺れが収まり、ようやく食べられるようになったと思ったら、次から次へと新しい伏兵が目の前に立ち塞がる。いったいワシの身体は、これから二クール、三クールと進むにつれて、どうなっていくんやろ……。宣告を受けて以来、数々の壁をボチボチと乗り越えてきた自負のある自由爺じゃが、この予想だにしなかった「味覚の家出」には、さすがに冷たい風に吹かれたようで、少しばかり途方に暮れてしもうたわい。
ま、そうやってベッドの上で膝を抱えて嘆いたところで、家出した味が明日すぐに戻ってくるわけじゃなし、時計の針が早く進むからくりなんてなぁどこにもありやせん。
これもまた、強い薬と戦いながら、新しい日常に適応しようと必死に爪先に力を入れている「新しい自分」との出会いと思うしかないんかな。そうやって肚(はら)を括るのが、ワシ流の養生ってぇもんでございます。
コーヒーが不味いんなら、次は何がワシの舌を喜ばせてくれるか、宝探しのように美味いものを探してみるまでよ。お茶がええか、あるいはあの甘いゼリーがええか。
焦らんと、ボチボチ。格好悪くても、一歩ずつ進むだけでございます。
二十二時の消灯を告げる静かな館内放送が流れ、病室の灯りがパチリと消えやした。窓の外に広がる Kakogawa の街の灯りをカーテンの隙間から眺めながら、磨き上げた頭をごろりと枕に預ける。
明日は明日の風が吹く。皆も、仕事や暮らしの忙しさに追われて見落としがちかもしれんが、今そこにある、朝飯を美味いと感じる当たり前の「味」を、どうぞ当たり前と思わずに、大切な人と一緒に心から大切に味わいなされよ。それじゃあ、今夜はこれでおしまい。おやすみなされ。
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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