養生草紙 第六巻:余命二年の審判、凍てつく身体
いやはや、人生には、言葉というものが全くの「無力」に変わる瞬間があるもんじゃな。
医師の前に座り、淡々と告げられる言葉をただ聞き流す。 「肺せん癌」「3期B」「リンパに転移」「手術不能」。……まるでどこか遠い国のニュースでも聞いとるような気分じゃった。
追い打ちをかけるように「余命二年」という言葉が耳に飛び込んできたとき、身体が、心より先に反応したんじゃ。 顔がすーっと冷うなって、背筋に氷を押し当てられたような寒気が走る。胸のあたりがムカムカして、頭の芯が割れるように痛む。播州の冷たい浜風にさらされた時よりも、ずっと体の芯が凍りつくような感覚じゃった。
「ワシ、死ぬんか?」
たったそれだけのことが、頭の中でぐるぐると回りよる。 四十八歳。親父が逝った五十歳まで、まだあと二つある。親父の背中を追い越すどころか、その手前で足元がガラガラと崩れていくような心地や。
一週間後には入院、そして抗がん剤と放射線。 これから始まる戦いの過酷さを想像する余裕すら、今のワシにはあらへん。ただ、診察室を出て、待っとる身内にこれをどう伝えればええのか。言葉を喉の奥で探そうとするんやが、砂を噛むようで一向に出てきおらん。
情けない話やが、これが今のワシの偽らざる姿じゃ。 「人生のスパイス」なんて、今はまだ到底笑い飛ばせそうにない。
けれどものう、こうして重たい足取りで一歩ずつ進むしかないんやろう。 今はまだ、目の前が真っ暗でええ。言葉にならんのなら、黙ったままでもええ。
まずはこの冷え切った身体を抱えて、家に帰ることにするわ。 明日には、ほんの少しでも、心が温まる瞬間があるとええんじゃが。
皆も、当たり前の日常を、精一杯抱きしめて過ごしなされ。
