養生草紙 第六巻:余命二年の審判、凍てつく身体  (医師からの余命宣告)

人生には、言葉というものが全くの「無力」に変わる瞬間があるもんじゃな。

いやはや、人生には、言葉というものが全くの「無力」に変わる瞬間があるもんじゃな。

前夜のあの張り詰めた静寂から一夜が明け、ワシは昨日と同じ診察室の、同じ丸椅子に腰を下ろしておりやした。窓の外にはいつも通りの街並みが見え、廊下からは看護師さんたちの忙しない足音が聞こえてくる。何もかもが日常の延長線上にあるはずなのに、医師の手元にあるカルテの束と、パソコンの画面に映し出されたあの忌々しい白黒の画像だけが、異様な存在感を放っている。部屋の空気はしんと冷え返り、医師が一つ呼吸を置いたその刹那、ついに「審判」の幕が上がったのでございます。

医師の前に座り、淡々と告げられる言葉をただ聞き流す。

「肺せん癌」「3期B」「リンパに転移」「手術不能」。

白衣の医師の口から、まるで工場の検品報告でもするかのように冷徹な響きを持った専門用語が、次から次へと吐き出されていく。その一言ひとことが、鋭い刃物となってワシのこれまでの人生を切り刻んでいくはずなのに、不思議なほど現実感が湧いてこないんでさぁ。まるでどこか遠い国のニュース、あるいは他人の不運な身の上話でも聞いとるような気分じゃった。脳みそがこれ以上の衝撃を拒絶して、心を麻痺させていたのかもしれやせん。ワシの意識は、自分の体を離れて診察室の天井あたりから、呆然と立ち尽くす自分自身の姿を眺めているような、そんな奇妙な浮遊感の中にありやした。

しかし、その麻痺を容赦なくぶち破る言葉が、最後に医師の口から放たれたのでございます。

追い打ちをかけるように「余命二年」という言葉が耳に飛び込んできたとき、身体が、心より先に反応したんじゃ。

「よめいにねん」――その響きが鼓膜を震わせた瞬間、頭ではまだ意味を咀嚼できていないというのに、肉体が明確な拒絶のサインを上げやがった。顔の血の気がすーっと引いていくのが分かり、背筋に大きな氷の塊を直接押し当てられたような、凄まじい寒気が全身を駆け抜ける。それと同時に、胃の腑のあたりからせり上がってくるような強いムカムカとした吐き気が襲い、頭の芯が金槌で叩かれたように割れるほど痛む。これまで仕事の現場で、播州の厳しい冬の冷たい浜風にさらされ、骨の髄まで冷え切るような思いをしたことは何度もあったが、そんなものは比べものにならん。内側の、命の根源からじわじわと凍りついていくような、生まれて初めて味わうおそろしい感覚じゃった。

「ワシ、死ぬんか?」

たったそれだけのことが、頭の中でぐるぐると回りよる。

四十八歳。若くして逝った親父がこの世を去った五十歳という年齢まで、まだあと二つある。どこかで「親父の歳までは大丈夫だろう」という、甘えにも似た根拠のない確信があったんじゃ。親父の背中を追い越し、もっと長い人生の景色を見てやるんだと、昨夜あれほど暗闇の中で腹を括ったつもりだったのに。追い越すどころか、その遥か手前で、自分が立っている足元がガラガラと音を立てて崩れ落ち、深い奈落の底へ真っ逆さまに落ちていくような心地や。これまで築き上げてきた自負も、これからの計画も、すべてがただの砂上の楼閣のように脆く崩れ去っていきやした。

医師の説明は、ワシの狼狽などお構いなしに、今後の「段取り」へと進んでいく。

一週間後には入院、そして抗がん剤と放射線。

流れるように決まっていくスケジュールを前に、これから始まる戦いの過酷さを想像する余裕すら、今のワシにはあらへん。五寸釘を何本も打ち込まれたような衝撃の中で、ただ、診察室を出て、待合室で待っとる身内にこれをどう伝えればええのか。それだけが重たい鉛のようになって胸に閠(つか)えておりやした。「実はな……」と切り出す自分の声や、それを聞いた家族の絶望に満ちた顔が浮かんでは消える。言葉を喉の奥で必死に探そうとするんやが、口の中がカラカラに乾ききって、まるで砂を噛むようで一向に出てきおらん。言葉という道具を長年使ってきたつもりじゃったが、本当の窮地に立たされた時、人間はこれほどまでに何も言えなくなるものなのかと、己の無力さを知るばかりでございます。

情けない話やが、これが今のワシの偽らざる姿じゃ。

昨日までは、どんな困難が起きても「これも人生のスパイス、後で笑い話にしてやろう」なんて、どこか格好をつけた粋な台詞を吐けたかもしれん。けれど、目の前に突きつけられた「二年」という歳月の重みを前にしては、そんな軽口は木っ端微塵に吹き飛んじまう。「人生のスパイス」なんて、今はまだ到底笑い飛ばせそうにない。五感を覆う絶望の霧は深く、一寸先も見えない暗闇の中に、ワシはただ一人、震えながら立ち尽くすことしかできねぇのでござんす。

けれどものう、こうして重たい足取りで一歩ずつ進むしかないんやろう。

地面に縫い付けられたような足を、それでも片方ずつ前に踏み出し、診察室の重い扉を開ける。世界がどれほどひっくり返ろうとも、時間は止まってくれないし、ワシの命の営みもここで終わりではない。今はまだ、目の前が真っ暗でええ。無理に前を向こうとしたり、強い自分を演じたりする必要なんてなぁないんじゃ。言葉にならんのなら、黙ったままでもええ。その言葉にならない痛みを、そのまま抱えていくしかない。

まずはこの冷え切った身体を抱えて、家に帰ることにするわ。

見慣れた我が家の門をくぐり、いつもの畳の上に座り、いつもの温かいお茶をすする。そこからもう一度、壊れかけた自分を少しずつ拾い集めていくしかありやせん。明日には、ほんの少しでも、心が温まる瞬間があるとええんじゃが。

皆も、当たり前の日常を、精一杯抱きしめて過ごしなされ。朝起きて、飯を食い、仕事へ行き、大切な人と他愛のない会話を交わす。その、一見なんてことのない退屈な一日のすべてが、どれほど壊れやすく、どれほど愛おしい奇跡の上になりたっているか。失いかけて初めて気づくようじゃあ、ワシと同じでござんすから。今あるその温もりを、どうか両手でしっかりと抱きしめてやっておくれやす。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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