養生草紙 第十巻:はち切れんばかりの焼肉、明日への誓い
いやはや、いよいよ入院前夜じゃ。 今夜ばかりは「養生」なんて言葉は横に置いてな、ワシの我儘を通させてもらったんじゃ。
最後の夜は、肉を腹一杯食う。そう心に決めとった。家族を連れて、馴染みの焼肉屋の暖簾をくぐった時の、あの香ばしい匂い……。それだけで、少しだけ力が湧いてくるような気がしたわい。
「これが、まともな食事としては最後かもしれん」
そんな不吉な考えが頭をよぎらなんだと言えば嘘になる。けれどものう、そんな湿っぽい顔をして食うても肉に申し訳ない。網の上でじゅうじゅうと音を立てる肉を、次から次へと口に放り込み、腹がはち切れんばかりに食べて、食べまくってやった。
不思議なもんやな。 胃袋がパンパンに満たされると、あれほど騒がしかった心の不安が、少しだけ静かになったんじゃ。これで思い残すことはない。自分の足で行きたいところへ行き、食いたいものを食う。四十八の男として、入院前に「やれることは全てやった」という、一種の清々しささえ感じとるよ。
明日、病院の門をくぐったその瞬間からは、仕事のことも、家を空ける申し訳なさも、全部一旦忘れることにした。明日からは、ただ自分の身体のことだけを考える。そう、心に深く誓ったんじゃ。
坊主にした頭、そして脂の乗ったこの腹。 格好はちぐはぐかもしれんが、これが今のワシの精一杯の戦闘服や。
ま、今夜は消化を助ける程度に少しだけ起きて、明日に備えて深く眠ることにするわ。 皆も、今日という日の「最後のご馳走」を、噛みしめて食べなされよ。
さて、一勝負してくるか。また、ボチボチとな。
