養生草紙 第十一巻:青い器と静まり返った城、予期せぬ入院生活  (入院初日と病院の風景と雰囲気)

ついに「その日」が来てしもうた。

いやはや、ついに「その日」が来てしもうた。

前夜にあれほど腹一杯にかき込んだ焼肉の脂の温もりが、まだ胃の腑の底に残っているような、いないような、なんとも落ち着かない気分のまま朝を迎えやした。住み慣れた我が家にひとまずの別れを告げ、お天道様がまだ高い位置へ登りきらぬうちに、ワシはあの大きな病院の門を再びくぐったのでございます。

朝の九時に病院へ滑り込み、受付に書類を差し出す。そこからは、まるで見えない大波に呑み込まれたかのように、自分の意志とは関係なく身体が右へ左へと動かされていきやす。入院の手続きを書類に判を捺して済ませ、案内された病室にボストンバッグを放り込む。ほっと一息つく間もなく、今度は看護師さんの早口な説明やら、容赦なく腕に針を刺される血液検査、そして冷たい板に胸を押しつけるレントゲンとはしごをしとったら、時計の針はあっという間に正午を回っておりやした。

病院の午前中というのは、どうしてこうも気ぜわしいんじゃろうな。

白い巨塔の住人たちにとっては毎日の日常茶飯事なんでしょうがね、こちとらこれから大戦(おおいくさ)に挑む新兵のような心地でございます。あっちの部屋へ行け、こっちの廊下で待てと急き立てられているうちに、足の裏からじわじわと、自分が社会のレールから外れて「病人」という枠組みに完全に組み込まれてしまったような、言い知れぬ寂しさが込み上げてきやした。

さて、入院して最初のご膳。

お腹の虫は正直なもんで、あれだけ気ぜわしく動き回れば、それなりに空腹を感じるもんでございます。看護師さんからは「最初ですから、病室のベッドの上で召し上がってもええですよ」と言われたんですがね、どうにもあの万年床のような場所に一日中へばりついとったら、それだけで心が病気に負けて、気が滅入る思うてな。少しでも自分の足で動いとかんといかん、と自分に発破をかけるようにして、廊下の奥にある共同の食堂へ足を運んだんじゃ。

ところが、そこで配膳台から受け取った昼飯を見て、思わず「うわっ」と声が出そうになったわい。

食事が盛られとる容器がな、なんとも味気ない、冷え冷えとしたブルーのプラスチック製やったんじゃ。お世辞にも風情があるとは言えん代物で、昭和の時代に学校の給食で使われていたアルマイトの食器を、さらに無機質にしたような佇まいでございやす。いや、病院のことでございますからな、消毒も行き届いておるし、清潔なんやろうけどな、あの青色というのはどうも人間の食欲を減退させてかなわん。

器ってなぁ、料理の着物のようなもんでしょう。昨夜の馴染みの店で見た、肉の脂がじゅうじゅうと跳ねる黒い鉄網や、タレの染みた白い陶器の温もりが、あたまの中で鮮明に裏返りやした。この青いプラスチックの仕切りの中に収まった、薄味の煮物や白米を見つめていると、自分がこれから「管理される存在」になったのだと、五感を通じて突きつけられた気がいたしやした。

実はワシ、以前に網膜剥離を患って入院したことがあったんじゃが、今回の入院はそれとはまるで印象が違う。

あの時も確かに、目の前が不自由になる恐怖はありやした。しかし、網膜剥離の時は「手術をして、時間が経てば元の生活に治る」という、はっきりとした出口の光が遠くに見えとった。耐え忍べば、また元の浮世に戻れるという計算が成り立っていたんでございます。

けれど今は、治るか治らんか、この先の命の長さがどれほど残されているのか、先のことなんて誰にも分からん。五里霧中の霧の中に放り込まれたようなその差が、病院の空気そのものを、鉛のようにズシリと重とうしとるんやろうな。

食堂や廊下を歩けば、至る所から啜り泣く声が聞こえてくるし、中には自暴自棄になっておる人もおる。

白いカーテン一枚隔てた向こう側から、夜中にひっそりと漏れ聞こえる嗚咽。あるいは、人生の不条理を呪うように、看護師さんにきつい八つ当たりをしてしまう言葉。ここにあるのは、ただの身体の不調じゃねぇ、皆がそれぞれに「生と死」の瀬戸際で、剥き出しの魂をぶつけ合っている、そんな壮絶な戦場でございます。

さらに驚いたのは、病室に入っても自己紹介のひとつもありゃせんことじゃ。

普通、これからしばらく寝食を共にするとなれば、「播州から来ました、よろしく」なんて、他愛のない挨拶が交わされるのが世間の常識だと思うていたんですがね。ここでは、隣のベッドの住人がどんな顔をして、どんな病を抱えているのかすら分からない。カーテンは固く閉ざされ、皆、わざと喋らんようにしとる気がしてな。他人の人生に深入りする心の余裕がもう残されていないのか、あるいは、これ以上他人の絶望を背負い込んだら自分が潰れてしまうから、自分のことで精一杯なのか……。互いの気配だけを感じながら、息をひそめるような静寂が部屋を支配しておりやした。

昨夜の焼肉の、あの賑やかさが、もう何年も遠い昔のことのようじゃ。

家族の笑い声、網の上で弾ける脂の音、大黒柱として大口を叩いていた自分。あの温かい光の世界から、わずか半日でこれほど冷たい静寂の城へ連れてこられるとはのう。四十八のワシが、この静まり返った「城」でこれから命を懸けて戦うんやなと、冷え切ったブルーの器を前にして、改めて兜の緒をギュッと締め直す心地がしたわ。

ま、初日から飛ばしすぎてもしゃあない。敵は一筋縄じゃいかない大物じゃ、焦って自滅しちゃあ元も子もねぇ。

まずはこの青い器の食事に慣れるところから、ボチボチ始めるとするか。これが今のワシの日常であり、戦うための糧なんだと、まずは胃袋に呑み込ませてやる。

皆も、目の前にいる大切な人と、当たり前のように他愛のない言葉を交わせる日常を、どうか大事に守ってな。その退屈に思えるようなお喋りこそが、何にも代えがたい極上の養生であり、人間らしい温もりの証拠なんじゃから。失う前に、そのありがたみを噛みしめておくれやす。

さて、最初の一口、いただきます。

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