養生草紙 第五十一巻 ガンが発見されてから10年 

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※本記事は筆者個人の体験談であり、医療的な診断・助言や効果効能を保証・推奨するものではありません。症状や治療に関しては必ず専門の医師・医療機関にご相談ください。
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ひんやりとした廊下と無影灯の光

肺がんが発見されてから、早いもので10年の歳月が流れた。ワシはガラガラと静かな音を立てて進むストレッチャーに揺られ、病室から手術室へと運ばれていった。普段は見上げることのない低い目線から見る病院の天井は、蛍光灯の光が後ろへ後ろへと規則正しく流れていき、どこか浮世離れした冷たさを漂わせておったよ。重厚なドアが滑らかに開き、足を踏み入れたのはひんやりとした空気が張り詰める空間じゃった。見上げれば、巨大な無影灯がまるで宇宙船の影のようにワシを見下ろしておる。その眩いばかりの光の下で、緑色の手術着に身を包んだ看護師さんや医師たちが、手際よく準備を進めておられた。

麻酔の匂いと途切れる意識

「自由爺さん、これから麻酔の準備をしますね。ゆっくり深呼吸をしてください」

枕元から優しく、しかしどこか固い決意を秘めた麻酔医の先生の声が聞こえてきた。腕の注射口から冷たい液体がスッと入ってくる感覚と同時に、酸素マスクが口元を覆う。独特の薬品の匂いが鼻腔をくすぐり、胸の奥へと広がっていった。

「はい、大きく吸って、吐いて……。だんだん眠くなりますよー」

その言葉を聞きながら、ワシは必死に深呼吸を繰り返した。一息吸うごとに、頭の奥がジンジンと痺れ、視界の端から徐々に黒い霧が広がっていく。手足の感覚が薄れ、自分の体が自分のものでなくなっていくような、底の知れない深い深い海の底へと沈んでいく感覚じゃった。

(頼む、神様……ワシはまだ生きたい。頼む、生きたい……!)

消えゆく意識の最後の最後に、ワシは心の中で強く強く叫んでおった。それは言葉にもならん、魂の悲鳴のような願いじゃった。その想いを残したまま、ワシの意識はぷつりと途切れ、完全なる漆黒の闇の中へと消え去っていったのじゃ。

止まった時間と芽生える生の執着

意識が途絶えたその瞬間、ワシの世界からすべての音が消え、時間そのものが静止した。恐怖も、痛みも、愛おしい家族の顔すらも、黒い渦の中に飲み込まれていく。人は死を迎える時、このような静寂の中に落ちていくのだろうかという、暗く冷たい予感だけがほんの一瞬だけよぎった。

しかし、その漆黒の闇の底で、ワシの胸の奥底に眠っていた「生の執着」が、たしかに小さな火花を散らしておったのじゃ。10年前、最初に病を告げられた時の絶望。幾度となく繰り返してきた厳しい検査と、身を削るような治療の日々。それらすべてを耐え抜いてきたのは、他でもない「今日という日をもう一日生きたい」という強い願いがあったからにほかならん。無影灯のまぶしい光の中で消えた意識は、命の瀬戸際で繰り広げられる、目に見えぬ壮絶な戦いの始まりでもあったのじゃ。

闇の向こう側から届く声

どれほどの時間が流れたのだろうか。数分だったのか、それとも何時間も経過したのか、意識を失ったワシには知る由もない。完全に途切れた闇の向こう側から、かすかに、しかし確実に何かが聞こえ始めていた。遠くで誰かがワシの名前を呼んでいるような、水の中で聴くようなこもった音。無機質に電子音が鳴り響き、周囲の人の気配が徐々に戻ってくる。

(ああ、ワシはまだ息をしているのだろうか……)

目を開けることも、指一本動かすこともできん金縛りのような状態の中で、ワシは必死に己の存在を確かめようとしていた。暗闇から引き揚げられようとするその感覚は、まさに生と死の境目をゆらゆらと揺蕩う舟のようじゃった。あの手術室で意識が消えた後、ワシの身に一体何が起き、どのようにして再びこの世の光を拝むことができたのか。その続きは、また次の機会にじっくりとお話しすることにいたしますわ。

人生には、自分の力ではどうにもならん大きな波が押し寄せてくる時がある。そんな時はただ祈り、身を委ねるしかないのかもしれん。だが、どんなに深い闇に落ちようとも、生きようとする意志さえ手放さなければ、きっと光の差す場所へ戻ってこられるとワシは信じとる。

ま、過ぎ去った過去を振り返ってドキドキしてもしょうがない。 今日もこうして息を吸い、我が家で温かいお茶を飲めることに感謝して、ボチボチと歩んでいきますか。 皆も、今日という一日を無事に過ごせたことを愛おしみ、今夜はどうぞ心穏やかにええ夢をみなされよ。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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