養生草紙 第五十二巻 季節は秋、退院後の初めての検査通院

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※本記事は筆者個人の体験談であり、医療的な診断・助言や効果効能を保証・推奨するものではありません。症状や治療に関しては必ず専門の医師・医療機関にご相談ください。
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今朝は我が家の玄関を出た瞬間、頬を撫でる風の肌触りが、昨日までとは明らかに違っておった。見上げれば、どこまでも澄み渡った高い青空のあちこちに、すーい、すーいと気持ち良さそうに赤とんぼが舞っておる。日差しにはまだ夏の残りが惜しそうに留まっているものの、日陰に入れば草木が放つ空気の匂いに、確かな秋の深まりを感じさせる朝じゃった。

今日はいよいよ、抗がん剤と放射線治療が一旦終了してから、初めて迎える定期検査通院の日である。自宅で過ごしたこのひと月は、過ぎてしまえばあっという間じゃったが、頭のどこかには常に「今日の検査」の文字が居座っておった。住み慣れた我が家を出て、播州の心地よい風を感じながら、いつもの病院を目指して車を走らせる。

走駄灯のように蘇る、あの白く長い日々

ひと月ぶりに潜る病院の門は、どこか少しだけ装いを変えたように見えた。門をくぐり、あの聞き慣れた自動ドアが滑らかに開いた瞬間、身体の奥がキューッと締め付けられるような、特有の緊張感が蘇ってくる。

目の前に広がる広い待合室と白く長い廊下を見渡すと、ここで過ごした入院生活の出来事が、まるで走馬灯のように一気に頭を巡りおった。

「自由爺さん、血液検査の時間ですよ」 「次はCTに参りますからね」

入院中は時間が来れば、優しい看護師さんたちがこうしてアナウンスをしてくれ、車椅子を押されたり案内されたりしながら、なすがままに検査へ向かっておった。自分が何もしなくとも、病気と戦うための時間が規則正しく流れておったんじゃな。

しかし、退院した今のワシは「通院患者」じゃ。今日からは自分の足で動き、自分の手で手続きを進めねばならん。朝八時半の開院時間を静かに待ち、診察券を通院受付機へおそるおそる通した。

ガタガタと機械が音を立て、長いレシートのような通院票が吐き出されてくる。そこに印字された文字を上から順に追っていく。

【採血 → 採尿 → レントゲン → CT → 診察】

ズラリと並んだ検査の工程表を眺めながら、思わず「へいへい、今日もしっかり頼みますわ」と心の中で苦笑いした。入院中と変わらぬ容赦のないフルコースじゃが、これを一つひとつクリアしていくことこそが、今のワシに与えられた命の宿題なんじゃろう。

羨ましかったレストランで味わう、一息の贅沢

まずは採血室で腕を差し出し、採尿を済ませ、レントゲン室からCT室へと広い院内を右往左往しながら巡っていく。造影剤が体に入ってきたときのあのカーッとした独特の熱さも、今ではすっかり顔馴染みの感触じゃ。

すべての検査項目を無事に終えたところで、時計の針は十時を回っておった。次の診察までは、まだかなりの時間がある。そこでワシは、ずっと気になっていた場所へ足を進めることにした。院内の一角にある、小さなレストランじゃ。

入院中、車椅子で検査に向かう途中や、点滴棒を押しながらリハビリで廊下を歩いていた時、このレストランの前を通るたびに「ええ匂いさせおってからに、羨ましいのう……」と横目で見上げていたものじゃった。あの頃は胃のムカムカや喉の痛みに耐え、明石焼きすら涙目で流し込んでおったからな。

店のドアを開け、窓際の席に腰を下ろす。注文したのは、何の変哲もないモーニングセットじゃ。

焼き目のついた柔らかいエッグサンドに、シャキシャキとしたフレッシュなサラダ。そして、湯気が立ち上る一杯のホットコーヒー。

おそるおそるエッグサンドを口に運ぶと、卵の優しい甘みとパンの柔らかさが、すんなりと喉を通り抜けていった。続いてホットコーヒーを一口すする。深みのある香ばしさが口いっぱいに広がり、身体の緊張がすーっと解けていくのが分かった。何の変哲もない普通の朝食が、今のワシにはまるで最高級のごちそうのように思えて、思わず顔がほころんでしもうたよ。

診察室の扉と、主治医の短い一言

お腹も心も満たされたところで、いよいよ運命の診察室前へと向かった。ここからが本当の試練じゃ。がん専門の病院ではよくあることじゃが、待ち時間はどこまでも長い。液晶画面に表示される番号をじっと見つめながら、ひたすら順番を待つ。結局、ワシの名前が呼ばれたのは十一時半を回った頃じゃった。

扉を開け、神妙な面持ちで椅子に腰を下ろす。デスクの上のモニターには、先ほど撮影したワシの身体の断面図と、血液検査の数値がズラリと並んでおった。主治医の先生は画面をじっと見つめた後、クルリとこちらを振り返り、優しく微笑んだ。

「自由爺さん、順調ですよ。影の大きさも小さくなったままですし、がんマーカーの数値も実に落ち着いています。この調子なら大丈夫ですね。次回は来月の〇〇日に来てください」

その一言を聞いた瞬間、胸の奥で固く結ばれていた大きな結び目が、ポロリと解け落ちていくような気がした。

実は今朝、病院の門を潜ったとき、ワシの心の中はビクビクものでいっぱいじゃったんじゃ。「もし影が大きくなっとったらどうしよう」「今日そのまま再入院を宣告されたらどうしよう」と、情けないかな暗い想像ばかりが頭をよぎっておった。

「順調です」

たったそれだけの言葉が、どれほどありがたく、どれほど我が身に勇気を与えてくれたことか。言葉には出さず、ただ静かに「先生、ありがとうございます」と深く頭を下げた。

秋風の吹く門を出て、今日という日を生きる

会計を無事に済ませ、ズシリと重い安心感を胸に抱きながら、病院の大きな正門を出た。

その瞬間、すーっと心地よい秋の風がワシの頬を吹き抜けていった。

ジリジリと肌を刺すようだった夏の強烈な太陽は影を潜め、季節は確実に前へ前へと進んでおる。それと同じように、ワシの身体も、ワシの命も、立ち止まることなく今日という時間を歩んでいるんじゃな。

来月になれば、また同じようにドキドキしながらこの門をくぐらねばならん。がんという化け物との付き合いは、これからも延々と続いていくじゃろう。けれど、今日という一日を無事に乗り越え、こうして秋風を感じながら自分の足で歩けている。それだけで、今日のワシは大金星じゃ。

ま、先々のことを考えて怯えてもしょうがない。 家へ帰ったら、美味しいお茶でも淹れて、相棒のパソコンでも眺めながらゆっくり過ごすとしますわ。 今日一日を生きられたら、それで十分じゃ。皆も焦らず、自分のペースでボチボチいこうな。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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