隠居の湯治 新温泉町 七釜温泉 ゆーらく館

七釜温泉 ゆーらく館

温泉好きで長生きしておるとのう、だんだん余計な欲というものがなくなってくるもんじゃ。若い頃は目をみはるような大絶景だの、お膳から溢れんばかりの豪華な料理だのを求めてあちこち駆け巡ったものじゃが、近頃はちと心持ちが変わりやす。

「華やかな飾りはいらん。ただ、まっとうな湯に、ゆっくりと浸かれたらそれでええ」

そんな風に、心も体も静かな引き算を求めているときに、しみじみとその底深い良さが五臓六腑に染み渡るのが、兵庫の北の果て、新温泉町にぽつりと佇む「七釜(しちかま)温泉 ゆーらく館」じゃ。周囲を見渡せば、のどかな田園風景と美しい山並みが広がるばかり。どこか昭和の田舎町へ帰ってきたような懐かしい空気が出迎えてくれ、車を降りて胸いっぱいに吸い込むだけで、日頃のこわばった心の皺がすぅーっと伸びていくのがわかりやす。

源泉100%かけ流し

さて、暖簾をくぐって浴場へと向かいやしょう。ここでまず何がすごいかちゅうと、一切の加水も加温もしていない「源泉100%かけ流し」を頑なに守り続けている点じゃ。

これを聞いただけで、ワシら本物の温泉好きは「おっ」と背筋が自然と伸びるわい。

例えるなら、保存料まみれの冷凍モンじゃなくて、朝一番に目の前でつかれたばかりの、まだ湯気の立っておる柔らかい餅を出されるようなもんよ。お湯の温度を自然のままに保ち、常に新鮮な状態で湯船に満たし続けるのは、気が遠くなるほどの手間がかかるが、それだけにごまかしがきかん。ここの湯守(ゆもり)たちは、お湯の質だけで真っ向勝負をしておるんじゃな。その誠実な姿勢には、温泉うるさがたの自由爺も思わず頭が下がる思いじゃわい。

こたついらずの湯

衣服を脱ぎ捨てて、いざ湯船へ身体を沈めれば、その凄さはすぐに肌が教えてくれる。

ここの泉質は、ナトリウム・カルシウム‐硫酸塩泉。お湯に触れた瞬間にツルンとした滑らかさを感じるが、決して重たくない。じわ~っと優しく、しかし確実に体の奥の奥、骨の芯まで心地よい熱が入っていくのが実感できやす。湯から上がって肌を拭いてもしばらくの間、汗が引かないほど身体がポカポカとしよる。

地元の人々から古くから「こたついらずの湯」と言われ、厳冬の山陰の寒さを凌ぐために重宝されてきたのも大いに納得じゃわい。ピリピリとした派手な刺激や奇をてらった匂いはないが、効き目は確か。長年の無理がたたってガタのきたワシら年配者の体に、実に正直で、どこまでも優しい薬湯じゃよ。

釜風呂

さらに、ここの浴槽の造りがまた温泉好きの心をニヤリと躍らせてくれるぞ。

館内には、どっしりとした石風呂、清々しい香りが鼻腔をくすぐるヒノキ風呂、そしてこの温泉の名物でもある、大きな五右衛門風呂を思わせる「釜風呂」が揃ってやがる。不思議なことに、湯船をあっちへドボン、こっちへドボンと変えるたびに、肌に触れる湯の当たり方や水圧が微妙に違うんじゃな。

これはまるで、同じ厳選されたお米を、土鍋、羽釜、そして電気釜でそれぞれ炊き比べるようなもんじゃ。素材そのものは全く同じはずなのに、器や道具が変わるだけで、口に含んだときの味わいや風味がガラリと変わる。湯を五感で楽しむというのは、まさにこういう贅沢な工夫のことを言うんじゃろうな。時計の針の進みを忘れて、ついつい長湯を洒落込んでしまいやすぜ。

日常の延長線

これほどの名湯でありながら、観光客向けに変に飾り立てすぎていないのも、ワシにとっては実に好印象じゃ。

湯上がりに広々とした休憩室へ足を運べば、近所の地元の人がのんびりと腰を下ろして、今日のお天気の不順や世間話をぽつりぽつりと愉しそうに語り合っておる。展示ホールを覗けば、この七釜の土地が育んできた豊かな自然や、昔ながらの温かい暮らしの歴史が丁寧に紹介されておる。

そう、ここは遠くからやってくる旅人のための非日常の社交場であると同時に、「心地よい湯に入って身体を休め、また明日から元気に頑張る」という、地元の人々の当たり前で愛おしい日常の延長線に、しっかりと温泉が根づいとるんじゃな。昭和の長屋の井戸端会議を眺めているような、なんとも言えないおだやかな安らぎがここには溢れておる。

心を労る極上の名湯

きらびやかな大型リゾートや、お土産物屋がひしめく派手な温泉地に慣れとる人には、正直なところ、ここはちと地味に映るかもしれん。

だが、自由爺として一言しみじみと感じたのは、「流行りの飾りに惑わされず、本当に自分の体を労わりたい、心を静かに休めたいと願うなら、こういうごまかしのない本物の湯が一番じゃ」ということ。

その本当の贅沢さを、あっしは温泉を愛する皆衆にだけ、声を少し小さくして、そっと耳元で教えておきたいのう。湯上がりに火照った肌を山陰の心地よい風に晒しながら、またこの極上の名湯に会いに来ようと、心の中で静かに誓った自由爺でござんした。皆さんも手ぬぐい一枚を片手に、ふらりと出かけてみてはいかがかな?

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