細工物小屋 第一話 文明の利器がやってきた (Amazonが運んできた沢山のデジタルガジェット)
さあさあ、お立ち会い!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。本日我が工房からお届けするのは、三十八年という長い長いサラリーマン生活の戦場を駆け抜け、ようやく自由という名の切符を手に入れた一人の爺が、数々のハイテクメカを相手に引き起こした、賑やかでちいとばかり無謀な大騒動の顛末でございます。
あれは、ワシがめでたく定年退職の節目となる最後の日を迎えたときの話じゃ。
世間じゃあよく言うじゃろ、「長年の重労働から解放されて、ようやく肩の荷が下りた」なんてな。ところが不思議なことに、その日ワシの胸の内にあったのは、そんなしんみりした安堵感なんかじゃあなかった。それより先に、「さて……お国への義理も果たしたことやし、ここから一体何をして遊ぼうか」という、ずいぶんと生意気で、年甲斐もない悪ガキのような企みの気持ちがむくむくと鎌首をもたげておったんじゃ。
振り返れば三十八年。来る日も来る日も目覚まし時計の針に追われ、会社の責任に追われ、組織という名の激しい大河の流れに身を任せて、ただ必死に手足をバタつかせて泳いできた。今思えば、途中でよう溺れんでここまで辿り着いたもんじゃと、我ながら感心するわい。その反動が一気に爆発したんかもしれんのう。そこで、ワシは退職金の通帳をチラリと睨みながら、固く決意したんじゃ。――これまで家族のために遮二無二働いてきたんや、これはもう、自分自身に特大のご褒美をやって罰が当たるか、とな。
そうして、我が工房へ一気に呼び寄せたのが、現代科学が誇る五つの「文明の利器」たちじゃった。
三Dプリンター、レーザー彫刻機、ドローン、アクションカメラ。そして、色を美しく吹き付けるためのエアスプレーガン。これらをネットの海でパチパチと注文したもんじゃから、さあ大変。数日後から毎日のように、郵便局や宅配便のお兄ちゃんが「毎度どうもー!」と汗をかきかきやって来ては、我が家の玄関へ大小様々な四角い段ボール箱を置いていく。箱が一つ、また一つと積み重なり、気がつけば居間の片隅が、家族の導線を完全に塞ぐ「工房予定地」へと姿を変えとった。
それを見た我が家の山の神と娘の反応?ガハハ、まあみなさまの想像どおり、絵に描いたような冷ややかなもんじゃ。「また、お父さん、そんなわけの分からんもんをたくさん買い込んで……」という呆れ顔に、深いため息。ちょっと引きつった笑いを浮かべながら、ワシと箱を交互に眺める視線の冷たさ。確かにのう、これから生きていくのに必須の道具かと聞かれりゃ、どれもこれも首を傾げざるを得ん、贅沢な遊び道具ばかりじゃ。
けどのう、誰になんと言われようが、ワシの胸の奥底では、長いサラリーマン生活の中でずっと冬眠しとった「好奇心」という名の怪物が、むくっと力強く起き上がっとったんじゃ。――始まるぞ、ワシの新しい人生が。その予感だけで、胸がソワソワして夜も眠れず、歩く足取りまでが十代の頃のように軽くなる。このワクワクする感覚、一体何十年ぶりじゃろうな。
最初にワシが頭の中で描いた構想は、そりゃあもう欲張りで、一分の隙もない完璧な映画のようじゃった。
まずは三Dプリンターの魔法で、ワシの頭の中にある世界に一つだけの理想のルアーを形にする。そこへエアスプレーガンで職人よろしく艶やかな色を吹き付け、レーザー彫刻機で江戸の浮世絵風の模様や自慢の屋号をカチッと刻む。それを持って加古川のほとりへ意気揚々と出かけ、ドローンを大空へ放って上空から魚影を索敵し、首にかけたアクションカメラで、水中での激しいヒットの瞬間をバッチリ記録する。頭の中のスクリーンでは、すでに大物と格闘するワシのドキュメンタリー映画が一本完成しておって、なんならエンディングの格好いい音楽まで大音量で流れとったわい。
……が、しかし。現実という名の神様は、そう甘うはなかった。
いざ箱を開けて動かしてみれば、三Dプリンターはノズルのつまみ一つ、温度の度合い一つでたちまち機嫌を損ねて素麺のようなプラスチックをグチャグチャに吐き出す。レーザー彫刻機は、ほんの少し出力を焦がしすぎると「スン……」とすねて木を真っ黒焦げの炭にしてまう。エアスプレーガンの塗装にいたっては、外の風の強さや湿度はもちろん、なぜかその日のワシの指先の微妙な気分にまで左右されて、すぐにボタッと色ダレを起こしよる。ドローンはお国への登録やら準備やらが命で、アクションカメラはレンズの角度ひとつでただの地面ばかりを映し出す。
最初の一週間は、細工物小屋のなかで正直、何度も頭を抱えて「難しいのう」「さっぱり分からんのう」とボヤき通しじゃった。
ところがじゃ。ここからが人生の、そしてものづくりの本当に面白いところでな。不思議なことに、失敗すればするほど、だんだんと頭のなかが冴え渡って、楽しくなってくるんじゃ。
分厚い説明書を虫眼鏡で読み込み、若い人の解説動画を食い入るように見つめ、実際に試しては、また見事に失敗する。そしてまた最初の手順に戻る。その泥臭い繰り返しのなかで、脳みその錆びた歯車がカチカチと回り始め、最初の計画とはまったく違う面白いアイデアが、泉のように次から次へと湧き出てきよるんじゃ。
ルアーだけじゃない。これなら台所のちょっとした便利な生活道具も作れそうじゃな。レーザーで粋な文字を刻んだ端材の木片は、工房の立派な看板や表札になるかもしれん。塗装の練習でいい加減に色を塗っただけの板切れが、光の加減で妙に味のある昭和レトロな一枚に仕上がる。ドローンが捉えてスマホ画面に映し出した高い空からの映像には、ワシが子供の頃に泥だらけになって駆け回った、あの懐かしい加古川の景色がそのまま映り込んどるやないか。アクションカメラは、釣りの格闘シーンよりも、日常の散歩や小さな冒険をすぐそばで記録してくれる頼もしい相棒になった。
気がつけば、作業場の壁にかけた時計の針を、まったく見んようになっとったわい。
お昼のお茶の時間かと思っとったら外はすでに夕方で、夕飯時かと思っとったら草木も眠る丑三つ時の夜じゃ。「時間を忘れて何かに没頭する」という、この贅沢極まりない言葉の本当の意味を、ワシは還暦を過ぎて、久しぶりに自分の身体の感覚で思い出した気がしたわ。
ワシのこの小さな工房は、まだまだ完成しとらん。いや、たぶん、これから先も完成することなんてないんじゃろうな。新しいことを学ぶたび、失敗して手直しを作るたび、少しずつ姿を変えて生き物のように育っていく場所なんじゃ。
こうして向き合ってみて分かった。文明の利器というやつは、人間を楽にさせる便利な道具である前に、ワシら年寄りの胸の奥で眠りこけておる「生意気な好奇心」を、ガバッと力強く叩き起こすための、極上の装置なんじゃな。
相変わらず、居間の向こうからは家族の呆れ顔とため息が聞こえてくるが、その向こう側で、ワシは今日も少年のように胸をワクワクと躍らせとる。
何かが始まった。人生の後半戦の、とてつもなく面白い何かが間違いなく始まった。ワシは今、確かにそう確信しとる。
――さて、お立ち会い。次は、この五つの相棒を使って、一体何を作ろうかのう。焦らず、急がず、明日もボチボチ、新しい形を刻みにいくとしよう。
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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