養生草紙 第八巻:情けは人のためならず、涙の辞職願
いやはや、人生の崖っぷちに立たされた時、人の温かさがこれほどまでに身に染みるとは思わなんだ。
医師から「余命二年」という無慈悲な宣告を受けた翌日のことじゃ。ワシは重い足取りで会社へ向かい、上司にすべてを打ち明けた。「いつ帰ってこれるか分からん、いや、もう帰ってこれんかもしれん。皆に迷惑をかけるくらいなら、いっそ辞めさせてほしい」とな。
正直、四十八の働き盛りが戦力外通告を自らするようなもんじゃ。情けなくて、申し訳なくて、顔を上げることもできんかった。
ところが、一分ほど続いた長い沈黙の後、上司が掛けてくれた言葉は意外なもんじゃった。 「早まるな。治ることを信じて、席はそのまま置いておけ。あとのことは後で考えればええんや」
……優しい口調でそう諭された瞬間、堰を切ったように涙が溢れて止まらなんだ。播州の男が人前で泣くなんて格好の悪い話やが、あの時はもう、心の底からの感謝で胸がいっぱいになってしもうたんじゃ。
その後、数日おいてチームの仲間にも説明とお詫びをしたんじゃが、皆、嫌な顔一つせず、それどころか暖かく受け入れてくれた。自分が必死に守ってきた「居場所」が、まだそこにある。そう思えただけで、冷え切っていた身体に少しずつ血が通うような心地がしたわい。
組織というもんは、仕事をするだけの場所やと思っとったが、そうやなかったんやな。 ワシは一人で戦うとるんじゃない。待ってくれとる仲間がおる。そう思うたら、「二年の審判」を跳ね返してやろうという、小さな、けれど確かな火が心に灯った気がするんじゃ。
一週間後の入院を前に、こんなに力強いエールをもらえるとはのう。 ま、先のことを案じてもしゃあない。今はただ、この温かさを糧にして、前を向くしかない。
皆も、周りにおる人を大切にしなされよ。誰かの優しさが、誰かの命を繋ぐこともあるんじゃから。 さて、今夜は感謝を噛みしめて、ゆっくり休むとしよう。
