養生草紙 第九巻 覚悟の坊主頭、鏡の中の「よし大丈夫」
いやはや、いよいよ入院を明後日に控えてな。今日は意を決して、近所の床屋へ行ってきたんじゃ。
目的はただ一つ、頭を丸めること。 これから始まる抗がん剤治療で、髪が抜け落ちるということは聞いとった。パラパラと髪を失っていく自分を鏡で見るたび、心がじわじわと削られていく……そんな姿を想像したら、どうしても気持ちが負けてしまいそうで怖かったんじゃ。
病気との戦いは、身体だけのもんやない。心がポキッと折れてしもうたら、そこで全部終わってしまうような気がしてのう。それが何より恐ろしかった。
「思い切って丸めてくれ」
床屋の親父さんにそう頼んで、バリカンが頭を通るたび、なんや自分の弱気も一緒に刈り取られていくような心地がしたわい。四十八にしては、ちと早い隠居スタイルかもしれんが、今のワシにはこれが必要な儀式やったんや。
家に帰って、洗面所の鏡の前に立ってみた。 青々とした坊主頭。そこにおるのは、病に怯える男やなくて、戦う覚悟を決めた一人の男の顔じゃった。 思わず、「よし、大丈夫」と独り言が口をついて出たよ。誰に言うたわけでもない、自分自身への精一杯の鼓舞やな。
髪がなくなるのは寂しいもんじゃが、これで余計な雑念も掃けた。 格好ええもんやないが、この潔い頭で明後日からの戦場へ向かうとするわ。
ま、形から入るのも一つの養生や。 皆も、もし心が沈みそうな時があったら、何か一つ「決着」をつけてみるとええ。少しだけ、前が見えるようになるかもしれんぞ。
さて、今夜は磨き上げた頭を冷やさんようにして、早めに休むとしよう。
