養生草紙 第五巻:九時間の静寂、父の背中と重なる夜
いやはや、人生には時折、しんと静まり返って、自分の心臓の音だけが大きく聞こえるような夜があるもんじゃな。
一通りの検査を終えて、いよいよ明日は医師からの「審判」が下るという、その前夜。 正直なところ、検査を受けている最中は「なんやかんや言うて、大したことありませんでしたな」なんて笑い飛ばしてもらえることを、心のどこかで願っとったんじゃ。人間、土壇場になれば誰かて奇跡の一つも期待したくなるもんやんか。
ところが、いざ床に就いて、宣告まであと九時間という時になってな。 暗がりの中で天井を見つめとったら、ふっと「ああ、もう元の自分には戻れんのかもしれんな」という不吉な予感が、冷たい風のように心を吹き抜けていったんじゃ。
というのもな、不意に、若くして逝った親父のことを思い出してしもうてな。 親父も肺の病で、五十という働き盛りにこの世を去った。今のワシの状況が、当時の親父の姿と重なって、まるで古い映画を見せられとるような気分になったんじゃ。血は争えんと言うが、こんなところでオーバーラップせんでもええのになぁ、と独りごちてみたりしてな。
真っ暗な部屋で刻一刻と迫る時間は、普段の何倍も長く、それでいて残酷なほど速く感じられる。 怖くないと言えば嘘になる。足の先から冷えてくるような心細さは、幾つになっても慣れるもんやない。
けれどものう、こうして不吉な予感と向き合うとる時間も、またワシの人生の大事な一部なんじゃろう。 ジタバタしても夜は明けるし、判決の時間はやってくる。それなら、怖気づいて震えとるよりは、「さて、どう受け止めてやろうか」と、腹を括るしかない。
さあ、あがいても、あと数時間。 今はただ、この静かな夜の冷たさを噛みしめながら、明日の朝を待つことにするわ。 何が起きても、それはそれ。ワシはワシの道を歩むだけや。
皆も、穏やかな夜を過ごしなされ。……おやすみ。

