養生草紙 第十六巻:カーテンを開ける笑顔、当たり前の言葉
いやはや、人間というもんは現金なもんじゃな。 昨日は「担当の看護師さんにほったらかしにされとる!」なんて、モヤモヤとした気持ちをぶちまけてしもうたが、今日は朝からすっかり気が晴れとるんじゃ。正直、人ひとりの振る舞いで、こうも世界が違って見えるもんかと驚いとるよ。
今朝、起床の時間に現れた看護師さんがな、シャッとカーテンを開ける時に、それはもうニッコリと微笑みながら声をかけてくれたんじゃ。 「自由爺さん、今日は本当によい天気ですよ。もし体調が悪くなければ、空いた時間に散歩へ行かれたらどうです? きっと気持ちも晴れると思いますよ」とな。
振り返ってみれば、入院してからというもの、検査の段取りや数値の話ばかりで、こんな「日常の当たり前の会話」を交わすことが一度もなかった気がするんじゃ。
ただの世間話かもしれん。けれど、病に怯え、白い天井と向き合う四十八の男にとっては、その一言が冷え切った心に灯る炭火のように温かかった。カーテンの隙間から差し込む朝日が、いつもよりずっとキラキラして見えたんは、きっと気のせいではないはずじゃ。
病院という場所におると、どうしても「患者」という番号や記号で扱われとるような気分になってしまう。けれど、こうして一人の人間として、心に寄り添う言葉をかけてもらえるだけで、ワシの身体の中に「生きたい」という力が、じわじわと戻ってくるような心地がしたわい。
散歩、行ってみるか。 青いプラスチックの器も、高い血糖値も、一旦忘れてな。 屋上の風に吹かれながら、あの看護師さんが言うてくれた「よい天気」を、腹一杯吸い込んできたいと思う。
皆も、誰かへのちょっとした一言が、その人の一日を救うこともあるんじゃよ。 今日はワシも、誰かに「ええ天気やな」と声をかけてみることにするわ。
さて、ボチボチ歩き出しますかな。
