養生草紙 第四巻:地獄の管(くだ) (気管支鏡の辛さ)
喉元の攻防
えー、今日は追い打ちをかけるように「気管支鏡」という、これまた厄介な検査でござんした。
前回の検査漬けの一日で、もう十分に体は悲鳴を上げていたんですがね、医療のからくりってなぁ、容赦なく次の試練を用意していやがるもんで。この気管支鏡ってやつは、平たく言えば、太い管を喉から肺の奥へと直接差し込んで、中の様子を覗き見ようってぇ算段でございます。前もって、看護師さんや医者殿からは「少々、苦しいですよ」「喉の麻酔をしっかりしますからね」とは聞かされておりやしたが、いざ始まってみれば、そんな生易しい言葉じゃ追いつかない、想像を絶する難行(なんぎょう)でございました。
始まりは、あの独特の苦い麻酔薬を喉の奥に吹き付けられるところからでござんす。
氷を押し当てられたように感覚がじわじわと麻痺していくんですがね、これから起こる大ごとを予感して、生唾を飲み込もうにもうまく飲み込めない。診察台に仰向けに寝かされ、目元にタオルをかけられると、視界が遮られた分だけ、周りの物音がやけに生々しく耳に飛び込んできやす。カチカチと触れ合う金属器具の音、医者殿の短い指示の声、そして機械が静かに作動する低い唸り。これから自分の身に何が起きるのか、五感が張り詰めていくのが分かりやした。
「じゃあ、管を入れますからね。ゆっくり息を吸ってください」という声を合図に、ついに喉の奥へ、無理やり異物が入り込んできやした。
人間ってなぁ、体に異物が入ってこようとすれば、本能的にそれを追い出そうとするようにできておるんですな。いくら麻酔が効いているとはいえ、喉の急所に冷たい管が触れた瞬間、体がガタガタと震えだしやがった。一息吸うたびに、喉がヒクヒクと痙攣し、体じゅうの細胞が「やめてくれ! 出してくれ!」と悲鳴を上げ、猛烈な拒絶反応を起こしやす。息を吸いたいのに吸えない、吐きたいのに吐けない。まるで水の中に無理やり頭を押し込まれたような、おぼれる寸前の苦しみが容赦なく襲いかかってくるわけで。
医者殿は「力を抜いて、楽にして。そう、深呼吸ですよ」と優しく仰るが、そんな余裕はどこにもございやせん。
こちとら、喉元の攻防だけで手一杯なんでさぁ。ここで暴れちゃあいけねぇ、お医者さんの邪魔をしちゃいけねぇと、頭では分かっちゃいるんですがね。苦しさもさることながら、恐怖と緊張から背中からは滝のような冷や汗が流れ落ち、診察台に敷かれたシーツがぐっしょりと湿っていくのが、自分の肌を通じてはっきりと分かりやした。握りしめた両手は、爪が手のひらに食い込むほど力が入っちまって、じんじんと熱い。ただただ「一刻も早く、この管を抜いてくれ。早く終わってくれ」と、それだけを神仏に念じて、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えて待っておりやした。時間の感覚なんてなぁとうに消え失せ、ほんの数分が、まるで何時間もの苦行のように感じられたもんで。
ようやくすべての工程が終わり、ズズズと管が抜かれたときには、肺の奥からせり上がるような激しい咳がしばらく止まりやせんでした。
ようやくそれも収まり、ぐったりと診察台に横たわったまま、涙目で天井の模様をぼんやりと眺めておりやした。白くて、何の飾りもない、見慣れぬ病院の天井でございます。
ハァハァと荒い息を整えながら、あっしの心の中に、ある思いが静かに、しかし冷酷なまでの確信を持って去来いたしやした。
これほどまでの思いをせねば、突き止められぬ場所に、あの忌々しい「影」があるんだな、と。人間の手の届かない、息の通り道のそのまた奥深く、そんな容易に入り込めない場所に、あいつは身を潜めている。その事実の重みが、静かに、じわじわと胸に迫ってきたのでござんす。これまでは、どこか「気のせいで、何かの間違いじゃないか」という淡い期待が、心のどこかに残っていたのかもしれやせん。けれど、この気管支鏡という地獄のような苦しみを通り抜けたことで、ついにその期待の化けの皮が剥がれ落ちやした。
「あっしは今、本当に命の瀬戸際に立たされているんだな」
そう思うと、不思議なことに、あれほど苦しかった体の痛みが遠のき、頭の中がすうっと澄み渡っていくような感覚を覚えやした。病と戦うってなぁ、こういう泥臭くて、格好の悪い姿を何度も晒しながら、それでも一歩ずつ前に進むことなんだと、肚(はら)が据わったわけでございます。
どんなに苦しい嵐であろうとも、明けない夜はねぇし、抜けない管もありやせん。
この喉元の攻防を乗り越えたってぇ事実が、これから始まる長い闘いにおいて、あっしの小さな自信の拠り所になってくれる。そう信じて、あっしこと「自由爺」は、またひとつ大人の階段を上がったような、そんな妙な誇らしさを胸に、診察室を後にしたのでござんす。
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
万が一、掲載した情報でトラブルが起きても、当サイトでは責任を負いかねるんじゃ。すまんねぇ。
詳しいお約束事は、こちらの「プライバシーポリシー・免責事項」にまとめてあるで、一読しておくれやす。

