養生草紙 第一巻:椅子に置き去りの心  (身体の異変)

これが、あっしの「自由爺」への長い旅路の始まりだったわけでござんす。

あれは、いつもと変わらぬ仕事の最中のことでござんした。

世間じゃあ昭和だ平成だと騒ぎ、今や令和なんて元号が当たり前になって、街の景色もすっかり様変わりしちまったが、あっしの営みってなぁ何も変わっちゃいねぇ。その日も、長年使い古した道具を相棒に、いつものように汗を流し、いつものように納期に追われ、がむしゃらに働いておりやした。自分の体なんてなぁ、一回ゼンマイを巻けば死ぬまで動き続ける頑丈な機械くらいにしか思っていなかったんでさぁ。

ところが、天ってなぁ、時として粋な悪戯(いたずら)じゃ済まない強烈なビンタを食らわせてくるもんで。

ふいにな、胸の奥がひっくり返るような妙な震えが走ったんでさぁ。心臓がドクンと大きく跳ね上がったかと思えば、今度は金魚が水面でパクパクと空気を求めてあがくように、不規則に、胸の裏側を内側からトントンと叩かれるような、気味の悪い振動が続く。おかしいな、と思った次の瞬間には、視界の端からすうっと色が引いていき、目の前が真っ白な霧に包まれやした。自分の足が地面を捉えている感覚が消え、まるで底のない井戸に真っ逆さまに落ちていくような恐怖。

……次に気がつきゃ、天井が激しく左右に揺れていやした。耳の奥で鳴り響く、けたたましいサイレンの音。そこでようやく、自分が揺れる救急車の寝台に横たわっているんだと、ぼんやり理解できやした。

「不整脈だね」

搬送先の病院で、白衣を着た医者は淡々と言いやした。モニターに映る不規則な波形を眺めながら、念のためと精密検査を勧められたんでさぁ。しかし、この時はまだ、事の重大さがこれっぽっちも分かっちゃいねぇ。「ちいとばかり働きすぎたか、あっしも焼きが回ったな」なんて、どこか他人事のように構えていたわけで。長年大きな病気一つせず、気合と根性だけで荒波を渡ってきたという、根拠のない過信があったんでしょうな。数日後に控えた精密検査も、厄払いか何かを受けるような、軽い気持ちで臨んだわけでございやす。

数日後、再び診察室の扉をくぐり、あの独特の消毒液の匂いが鼻を突く部屋で、あっしは丸椅子に腰を下ろしました。机の上には、前回撮った精密検査の画像が何枚も並んでいる。診察室の空気は、どことなくひんやりと冷たく、妙な圧迫感がありやした。

あっしの前に座る医者が、おもむろに一枚の画像を指さしやした。

ほんの少し、言葉を選ぶような間があった。あの、静まり返った部屋の中で、時計の針の音だけがやけに大きく聞こえた、あの張り詰めた静寂。あれが今でも、耳の奥にこびりついて離れやせん。

「肺に影があります。がん専門の病院で、詳しく診てもらってください」

医者の口から出た言葉は、驚くほど静かで、だからこそ、あっしの胸の真ん中を鋭く刺し貫きやした。

その瞬間、あっしの周りの時間だけが、ゴトゴトと音を立てて先に進んでいっちまった。まるで、世界という舞台から自分一人だけが照明を消され、暗闇の客席に突き落とされたような感覚でさぁ。耳の鼓膜の奥で、自分の血流の音だけがドクドクと不気味に響いている。体は確かにそこにあり、医者の説明する「次の段取り」をフムフムと聞いている風を装ってはいるが、心だけはあの冷たい丸椅子に置き去りにされたまま、一歩も、指一本すら動かせねぇ。

「がん」という二文字の重みが、じわじわと、しかし確実に、生身の体にのしかかってきやした。

帰り道の病院の廊下が、やけに、やけに長く感じられやした。一歩足を踏み出すごとに、床が底抜けてしまうんじゃないかと思えるほど、足元がおぼつかない。自動ドアを出ると、外はいつもと変わらない昼下がりの街並みが広がっていやした。走っていく車、笑いながら通り過ぎる学生、買い物袋を下げた主婦。さっきまであっしもその営みの一部だったはずなのに、今見ている景色は、まるでガラス一枚隔てた向こう側にある、別の浮世(せかい)のことのように思えてならない。青い空が、どうしようもなく遠くに見えやした。

「ああ、あっしの人生の時計は、ここで一度止まっちまったんだな」

そう確信せざるを得ないほどの絶望が、胸を締め付けました。これまでがむしゃらに働き、自分の時間をすべて仕事と義務に捧げてきたツケが、こんな形で回ってきたのかと、悔しさと情けなさが涙の代わりにこみ上げてきやした。

しかしね、人間ってなぁ不思議なもんで、底の底まで落ちると、今度は静かな開き直りってやつが顔を出す。あのどん底の廊下を歩きながら、あっしの心の中で、何かがパチンと弾けた音がしやした。

「これまでのように、ただ他人の目や世間の常識に縛られて、すり減るように生きるだけが人生かい?」 「いや、そんなわけはねぇ。もし残された時間が限られているなら、これからは、あっしのための時間を生きなきゃ嘘だ」

病という、人生最大の雨降りに見舞われて初めて、あっしは「本当に自分が生きたかった生き方」ってやつに気づかされたわけでございやす。誰のためでもない、自分自身の足で立ち、自分の時間を愛おしむ。それこそが、あっしが本当に求めていた姿なんじゃないかってね。

体から余計な力が抜け、不思議と腹が据わったのは、ちょうど病院の敷地を出たあたりでござんした。

これが、がんという大病を背負いながらも、誰よりも自分らしく、泥臭くも自由に、残りの人生を謳歌してやろうと決意した、あっしこと「自由爺」への長い旅路の始まりだったわけでござんす。

これからどんな風が吹き荒れるかは分かりやせんが、まぁ、それもこれも引っくるめて、あっしの新しい旅の始まり、始まりでさぁ。

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