養生草紙 第二巻:白黒(しろくろ)の宣告  (がんの疑い)

これが、あっしの「自由爺」への長い旅路の始まりだったわけでござんす。

いやはや、今日の播州は朝からしとしとと、なんとも気の滅入るような嫌な雨が降り続いとる。こういう日はどうも古い傷や体の節々が疼くような気がして、いかんのう。窓の外で濡れとる庭の葉っぱを眺めとったら、ふと、ワシの人生の中で一番重たかった「あの雨の日」のことを思い出してしもうたんじゃ。

あれはもう、随分と前のことになる。あの国からの紹介状を懐にねじ込んで、ぎゅっと握りしめながら歩いた日のことじゃよ。

向かった先はな、「がん専門病院」ちゅう、なんとも物々しい名前の書かれた大きな門の病院やった。 普通の病院やったら「ちょっと風邪ひきましてん」とか「腰が痛うてな」いうて、気楽に暖簾をくぐるような気持ちで行けるんやが、その看板に書かれた文字を見た瞬間は、さすがのワシも足がすくんだ。胃のあたりがキリキリと痛むような、喉の奥がカラカラに乾くような、そんな妙な緊張感が体中を駆け巡ったのを今でも鮮明に覚えとる。

「ワシの体は、一体どうなってまうんにゃろうか」

そんな不安を必死に抑え込もうと、懐の封筒を破れんばかりの力でギュッと握りしめてな。お天道様も見えん暗い空の下、冷たい雨に打たれながら、意を決してその重たい門をくぐったんじゃ。

一歩足を踏み入れた病院の待合室は、これまた妙に静まり返っとった。 たくさんの人が椅子に腰掛けて待っとるんじゃが、誰一人としてお喋りをしておらん。ただ、時折どこからか聞こえてくる「ゴホッ、ゴホッ」という誰かの咳の音だけが、やけに広く、白っぽい天井に響き渡るんや。その音が耳に障るたびに、自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくようで、まるで冷たい水の中にじっと沈んどるような、息苦しい空間じゃった。

「……次の方、お入りください」

看護師さんの落ち着いた声で名前を呼ばれた時、ワシの心臓はドキンと大きく跳ね上がった。いよいよ年貢の納め時か、そんな大袈裟な覚悟を胸に、診察室の重たい扉を開けたんじゃ。

診察室の中でワシを待っとったのは、まだ若うて、利発そうな目をしたお医者殿やった。 「どうぞ、お座りください」 そう言われて椅子に腰掛け、ふとお医者殿の手元にある大きな画面を覗き込んだ瞬間、ワシは一瞬で言葉を失うてしもうた。

そこに映し出されとったのは、ワシの体の中の絵――いわゆるレントゲンかCTの画像ちゅうやつや。 素人のワシが見ても、一目で「あぁ、こりゃあ一筋縄じゃいかへんな」と分かってしまうような代物やった。何がって、画像の中の「白」と「黒」の境目が、あまりにもはっきりと、くっきりと分かれすぎておったんじゃ。素人なりに、そこにあってはならん影が居座っとるのが、嫌というほど伝わってきた。

その瞬間、ワシの背筋をすうっと冷たいものが走り抜けてな。おでこからは嫌な汗がじわりと吹き出してくる。お医者殿の顔を見るのも怖くなって、ただただ、その不気味な白黒の画像を凝視することしかできんかった。

お医者殿はそんなワシの様子を察してか、取り乱すこともなく、至って淡々と、静かな声でこう仰ったんじゃ。

「まずは、詳しく調べましょう。結果が出るまで、少し時間がかかります」

お医者殿が口にした、その「少し」という言葉。 あの時のワシにはな、その、たった二文字の言葉が、どれほどの長さを持っていて、どれほどの重みを孕んどるものなのか、まだ露ほども分かっていなかったんじゃよ。

「少し待てば、白黒はっきりして、元通りの生活に戻れるやろう」 そんな風に、どこかで楽観視しようとしとる自分もおった。しかし、病を患うた人間にとっての「結果を待つ時間」ちゅうのは、時計の針が普通の何倍も遅く進むような、果てしない砂漠を歩かされとるような、そんな過酷な時間なんやな。

夜、布団に入っても「あの影は何やろう」「これからワシはどうなるんや」と、頭の中で同じ不吉な問いがぐるぐると回り続ける。飯を食うても味がせん。家族の顔を見ても、どこか申し訳ないような気持ちになる。あの「少しの間」に、ワシの心は何度も折れそうになり、何度も自分の弱さと向き合わされることになった。

いま振り返ってみれば、あの「少し」という時間は、ワシが自分の人生や体と、本当の意味で正面から向き合うための「お試し期間」のようなものやったんかもしれんなぁ。

いやはや、昔話を真面目に語りすぎたら、なんや湿っぽい空気になってしもうたな! これじゃあ外の雨と一緒やんか。いかんいかん、ワシとしたことが、らしくない。

でもな、いま病気と闘っとったり、検査の結果を待って不安で押し潰されそうになっとる人がおるなら、ワシはこう言ってやりたいんじゃ。 「不安になって当たり前や。怖がってええんやで」とな。

誰だって自分の体に悪い影が見つかりゃあ、背筋も凍るし、夜も眠れんようになる。それを「前向きになれ」なんて言う方が無理なこっちゃ。だけどな、焦ってジタバタしたところで、検査の結果が早く出るわけでもなけりゃ、影が消えてくれるわけでもない。

そんな時こそ、ワシの言う「ボチボチ」の出番じゃ。 一晩中悩んでも明日は来る。やったら、せめて温かいお茶でも一杯飲んで、美味いもんを一口でも食べて、自分の体を「よう頑張っとるな」となだめすかしてやる。それが、ワシら生活者にできる、最高にして唯一の「養生」ちゅうもんや。

あの雨の日に重たい門をくぐったワシも、こうして今、播州の片隅で元気にブログを書いて、おじいさんをやっとる。人間の体も心も、案外したたかで強いもんなんや。

さて、外の雨はまだ止みそうにないが、ワシはこれから温かい湯船にでも浸かって、冷えた体を温めてこようと思う。皆も、先のことを考えすぎて心をすり減らしなや。今夜は温かくして、美味しいもんでも食べて、早めに休み。 また明日も、ボチボチといきますか。皆も、ええ夢をみなされよ。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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