養生草紙 第四十三巻 優しさに甘える病床の夜、ぶっきらぼうな私の本音(安静)

いやはや、参った。ホンマに参った。 昨日はあの狭い個室のトイレの中で、急に世界がグワリと歪み、目の前が真っ暗になってそのまま床へ倒れ込むという、とんだ大失態を演じてしもうたからのう。 あの極限状態で執念の緊急ボタンを押したところまでは良かったが、気がつけばベッドの上。ナースセンターの皆さんを「自由爺さんが倒れた!」と大層バタバタと慌てさせてしもうたようで、今日になってもホンマに面目ないこっちゃと、頭を掻くような思いの朝を迎えたんじゃ。

そんな大騒ぎを巻き起こした翌日じゃから、今日の病室の景色は、昨日までとは打って変わって実になじみ深いものになっとる。いや、なじみ深いというよりは、ちょっとした「VIP待遇」のようじゃな。 点検に来てくれる看護師さんたちが、代わる代わるワシの部屋に顔を出しては様子を見にきてくれるんじゃ。 白い扉が静かに開くたびに、「自由爺さん、その後の具合はどうですか?」「どこか新しく痛むところはありませんか?」と、まるで行き届いた老舗旅館の仲居さんのように、かわるがわる体調を気遣って優しく声をかけてくれる。あの懐中電灯の光で夜中も見守ってくれた彼女たちの優しさが、昼間の明るい光の下でも病室いっぱいに満ちとるんじゃよ。

さらには食事の面でも、

さらには食事の面でも、ワシの身体を思い遣る温かい手が差し伸べられた。 「自由爺さん、今は無理して普通の食事を食べんでええのよ。食べられるものを、食べたい時に、少しずつ食べたらええんやからね」 そう言って、腫れ上がったワシの喉と、暴れる薬で弱り切った胃袋に合わせた特別メニューを、わざわざ栄養士さんや厨房の方々と相談して持ってきてくれるんじゃ。 一昨日の裏メニューであった我が故郷の明石焼きの感動に続き、これほど至れり尽くせりの、至高のおもてなしを受けたらどうじゃろう。普通の元気な時のワシなら、昭和の頑固親父を返上して、「ありがとう、ありがとう」と満面の笑みを浮かべ、両手を合わせて拝むところなんじゃが……。 悲しいかな、現実はそう上手くはいかんものじゃな。

正直なところ、やっぱり体の中のしんどさ、内側からジワジワと攻め立ててくる抗がん剤の副作用の破壊力の方が、完全に勝ってしもうとるんじゃ。 喉のヒリヒリとした猛烈な痛みや、鉛でも詰め込まれたかのような全身の重苦しい気怠さがドカッと居座っとるもんで、看護師さんたちがどれほど天使のような笑顔で優しく接してくれても、ワシの口から出るんは「……ああ」「おお、すまん」といった、ぶっきらぼうで、なんとも覇気のない短い話し方ばかり。 声に一丁の元気も乗らんし、顔の筋肉も強張って笑顔の一つも作れやせん。まるで、借りてきた猫どころか、不機嫌な置き物のようになってしまっとるんじゃ。

彼女たちが「また後で来ますね」と部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、

彼女たちが「また後で来ますね」と部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、静まり返ったベッドの上で一人、ぽつねんと考える。 「せっかくみんながワシのために心を砕いて、心配してくれとうのに、あんな素っ気ない態度をとってしもて……。せめて『ありがとう』くらい、目を見てハッキリ言えば良かったのに」と、申し訳ない気持ちと自己嫌悪で、胸の奥がチクチクと針で刺されるように痛むんじゃよ。 若かりし頃から組織の中で働き、人と人との繋がりや、おもてなしの心を大切にしてきたつもりじゃったからこそ、自分のこの不甲斐なさが余計に身に染みる。 心の中ではな、言葉にならんほどの感謝と、「あんたたちの笑顔に救われとるんよ」という熱い思いでいっぱいなんじゃがのう。それが唇の端から溢れてくれないのが、もどかしくて仕方がない。

ま、じゃが考えてみれば、今は格好をつけて世間並みの愛想を振りまく元気もありゃあせんのが現実じゃ。 このぶっきらぼうで愛想のない態度も、ひょっとするとワシの身体が「これ以上、外側にエネルギーを使わんといてくれ、今は内側を回復させるために休ませてくれ」と、必死にSOSを出しとる証拠なんじゃろう。 ここで無理をして笑顔を取り繕って体力を消耗するよりは、差し伸べてもらった優しさに丸ごと甘えて、布団を被ってじっと回復することだけに専念するのが、巡り巡って彼女たちへの一番の恩返しになるんやないか。そう思うことにしたんじゃ。

「明日はもっと、心が上を向いて、マシになりますように」 今夜はそう枕元で静かに祈りながら、大好きな相棒のiPhoneもそっと閉じて、早めに目を閉じることにしますわ。 皆もな、生きていれば心も体もボロボロで、周りの優しさに上手く応えられん時が必ずある。そんな時は、無理して笑わんでええんやで。愛想良く振る舞えない、ぶっきらぼうで不器用な自分も「今はこれでええんや」と許してやって、ボチボチ養生しなはれや。 では、今夜は誰かの温もりに包まれた、ええ夢をみなされよ。おやすみなさい。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
万が一、掲載した情報でトラブルが起きても、当サイトでは責任を負いかねるんじゃ。すまんねぇ。
詳しいお約束事は、こちらの「プライバシーポリシー・免責事項」にまとめてあるで、一読しておくれやす。