養生草紙 第十九巻:水責めと暇の地獄、夜空への強がり  (点滴中の保水 持て余す時間)

いやはや、長い。とにかく長い、ながーい点滴じゃった。

いやはや、長い。とにかく長い、ながーい点滴じゃった。

朝飯をしっかり平らげ、先生と看護師さんから「最近の薬は進化しとるから昔ほどひどい吐き気は出ませんよ」と詳しい説明を受けたのが、遠い昔のことのようでございます。諸注意が終わって腕に細い管が通され、ひんやりとした冷たい感覚が右腕の筋へ伝わってきた瞬間は、まさに緊張感マックス。これから自分の身体の中で、癌細胞を討つための大いくさが始まるんやなと深く奥歯を噛み締めたものの、いざ始まってみれば、そこから先はただただ、じっと座り続けるだけの時間が待っておりやした。

六時間もの間、ステンレスの点滴スタンドの横でじっと管につながれとるのは、四十八年の人生で初めての経験じゃ。

幸いなことに、利発そうな医者殿が言うてくれた通り、今のところは身体の痛みも、胃の腑からせり上がるような気持ち悪さもありゃせん。それは本当にありがたいことなんじゃが、この「暇を持て余す」というんも、なかなかどうして一種の地獄やな。昨日までもバタバタした検査が終わると「手持ち無沙汰という怪物」に襲われていやしたが、点滴中のそれはまた格別でございます。身動きが制限された狭いベッドの上、カチ、カチと点滴の速度を刻む機械の無機質な音だけが耳元で鳴り響く。白い天井のシミを端から順に数えるのも、コイン式の小さなテレビをぼんやり眺めるのも、三時間もすればすっかり飽きてしもう。昨日まで納期に追われてがむしゃらに汗を流していた男にとって、この動かない時計の針と睨み合う時間は、精神をじわじわと削り取っていく見えない拷問のようでございました。

しかしのう、退屈に身をよじるワシに、さらなる難ギな試練が容赦なく降りかかってきやした。それが、看護師さんからの「点滴中にも、お水をしっかり一リットル飲んでくださいね」という、にこやかな、けれど融通の利かん指導じゃ。

なんでも、強い抗がん剤の毒素を早く身体の外へ洗い流し、腎臓を守るためにどうしても必要らしい。入院してからというもの、一日一リットルの水を飲むように口酸っぱく言われとるんやが、これがまた曲者でな。

普段、娑婆(しゃば)で暮らしている時は、仕事の合間に喉が渇けば何気なく茶を飲み、夜になれば馴染みの店で熱い一杯を喉に流し込む。そんな風に当たり前にやってきた「飲む」という行為が、医療のからくりの中で「義務」になって、計量カップの目盛りを意識しながら無理やり飲み続けると、不思議なことに喉が拒絶反応を起こし始めるんじゃ。まだお腹はタプタプに張っているというのに、一口すするたびに喉の奥が焼けたようにヒリヒリと痛み出すんじゃな。水ってなぁ、こんなに喉を通りにくい、重たい液体やったんか、と己の肉体の不思議に呆れるばかりで。

点滴の「暇持て余し地獄」と、水の「喉ヒリヒリ地獄」。四十八の坊主頭の男が、初陣からいきなり二つの地獄を同時に味わうことになるとは、人生、本当に一筋縄ではいかんもんやな。故郷である播州の秋祭りで、汗だくになりながら荒ぶる神輿を肩がちぎれんばかりに担ぎ上げとる方が、よっぽど体力的には楽かもしれんわい、と暗がりのベッドの中で独りごちておりやした。

そうして長い嵐を耐え忍び、夕刻を過ぎてようやく六時間の点滴が終わりやした。看護師さんの手によって腕の注射針を静かに外してもらった瞬間、縛り付けられていた鎖から解き放たれたような凄まじい解放感からか、ワシの足は家族の待つ病室を通り越し、勝手に屋上の公園へと向いとった。

ガラガラと重い扉を開けて外に出ると、昼間の初夏の陽気はどこへやら、夜の帳(とばり)が下りた街から播州の浜風を思わせるひんやりとした夜風が、散髪したばかりの青々とした坊主頭を優しく撫で通り抜けていきやした。

冷たい風を胸いっぱいに、腹一杯に吸い込みながら、さっきまで自分をベッドの横で固く縛りつけとったあの点滴スタンドの無機質な佇まいを思い出す。そして、雲一つない暗闇の向こう、ぽっかりと浮かんだ夜空に向かって、誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと独り言を吐いてやったんじゃ。

「なんや、全然たいしたことないわ」

……まあ、皆さんお察しの通り、ちっぽけな男のちょっとした強がりじゃ。本当は初めての薬に心の中は不安でいっぱいやったし、無理やり流し込んだ水のせいで喉も痛うて、気力も体力もすっかり使い果たしてクタクタなんやけどな。けれどものう、こうして虚勢でもええから言葉に出して、自分の声を自分の耳で聞いてみると、本当に「たいしたことない」ような気がしてくるから、人間の心ってなぁ不思議なもんでございます。

これまでは、目に見えない「余命二年」という宣告の重みに押しつぶされ、悪い方、悪い方へと考えてしまう心の癖がついていやした。けれど、格好悪くても、泥臭くてもええから、自分の言葉で現実に一太刀浴びせてやる。そうやって、がんという怪物に自分の芯まで売り渡さないための、これが自由爺としてのささやかな抵抗の始まりなんじゃないかってね。

何はともあれ、大戦(おおいくさ)の初陣は、ひとまず無事に終わった。

明日からも、インスリンでの血糖値管理やら、水責めの喉ヒリヒリやら、何かしらの試練が続くじゃろうが、この夜空に吐いた言葉を嘘にせんよう、腹を括ってボチボチと耐えていくとするわ。

皆も、日々の仕事や暮らしの中で、どうしようもなくしんどい時や、壁にぶつかって心がポキッと折れそうな夜があったら、そっと夜空を見上げて「こんなもん、たいしたことないわい!」と空に笑い飛ばしてみなされ。無理に笑う必要はねぇ、強がりの嘘でもええんじゃ。そうやって心の栓を少しだけ抜いてやるだけで、石のように強張っていた身体の力が抜け、心が少しだけ、軽くなるかもしれんぞ。

さて、今夜だけはあの忌々しい水の目盛りを忘れて、毛布を深く被ってぐっすり眠ることにしますかな。明日はまた、明日の風が吹くんじゃから。

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ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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