養生草紙 第二十二巻:舞い上がる心、即答の「今日から帰ります!」 (一時退院 外泊許可の喜び)
いやはや、人生捨てたもんやないな。
いやはや、人生捨てたもんやないな。
あの青々とした坊主頭で白一色の城に乗り込み、手首から肩の奥へと伝わるお薬のひんやりとした冷たい感覚に「いざ、大戦(おおいくさ)の始まりじゃ」と奥歯を噛み締めたあの日。それから、日に三度指先に針を刺される高い血糖値の壁にぶつかり、点滴スタンドに縛り付けられる「暇持て余し地獄」と、一リットルの水責めによる「喉ヒリヒリ地獄」の二重苦を通り抜け……。気がつけば、抗がん剤の初陣から二週間という月日が静かに流れておりやした。
幸いなことに、体の中にじわじわと溜まるはずのお薬の毒素に肉体が負けることもなく、地下の巨大な電脳からくりで受ける毎日の放射線治療も痛くも痒くもない「拍子抜け」のまま。新しく相棒に迎えたスマホという魔法の板きれをベッドの上でいじり倒しながら、なんとかこの異常な日常に適応しようと、四十八の男が爪先に力を入れて背伸びを続けていた、そんなある日の回診でのことでございます。
白衣をなびかせてやってきた利発そうな主治医の先生が、ワシのカルテに視線を落としながら、ひょっこりと夢のような言葉を投げかけてくれたんじゃ。
「自由爺さん、次のクールが始まるまで、十日間ほど、家に帰ってもええですよ」
その一言が診察室の空間に響いた瞬間、ワシは一瞬、自分の耳が PHSの電波障害でも起こしたんじゃないかと疑いやした。最近の医療ってなぁ、ただ病気を叩くだけじゃなく、「クオリティ・オブ・ライフ」、つまり生活の質というやつを大層大事にしてくれるらしくてな。
先生が言うには、病院でせにゃならん特別な処置や点滴がない期間は、白いカーテンに囲まれたベッドの上でじっと天井を見つめているよりも、住み慣れた我が家で家族の気配を感じながら過ごすんが、人間の心にとっても身体にとっても一番の養生になる、という最先端の考え方らしい。
それを聞いた瞬間、もう、胸の奥底から、腹の奥から込み上げてくる笑いがどうしても止まらなんだ。
これまで「余命二年」という無慈悲な審判を下されて以来、ワシの心はいつもどんよりとした絶望の霧に包まれ、悪い方、悪い方へと考えてしまう心の癖がついていやした。社会のレールから弾き出され、管理される病人として、あの冷え切ったブルーのプラスチック容器に盛られた薄味の食事を黙々と口に運ぶ日々。そんな張り詰めていた心の栓が、先生の一言で一気にスポンと抜けたような心地がいたしやしてね。世間の体裁だの男のプライドだのはどこへやら、心の中じゃあ両手を天に突き上げて「うれしーーー!」と大声で叫び倒していたわけでございます。
しかし、そんなワシの、鼻の穴が膨らむほどの浮かれっぷりをすべてお見通しといった様子で、先生がいつもの淡々とした冷徹な調子で、眼鏡の奥の目を光らせてチクリと釘を刺してきおった。
「自由爺さん、勘違いしちゃあいけませんよ。癌が治ったわけやありませんからね。あくまで次の治療に向けた自宅での療養期間です。羽目を外しての無理は厳禁、もし少しでも体調が悪うなったら、夜中でも遠慮せんとすぐに病院へ連絡しなされ」とな。
分かっとる、頭じゃあ百も承知で分かっとるんじゃが、その時のワシの耳には、先生のありがたい小言さえも、まるで極上の三味線が奏でるお祝いの祝い唄のように心地よく聞こえてしもうたんじゃな。
「それで、いつから帰られますか? 準備が必要でしょうが……」という先生の問いに対して、ワシは先生の言葉が終わりきる前に食い気味に、それはもう診察室の壁が震えるほどの即答で「昼から!」と答えてしもうた。
それまで横でカルテを抱えて控えていた、あの朝一番に「ええ天気ですよ」と心に灯をともしてくれた元気をくれた看護師さんが、ワシのあまりの勢いに耐えきれなくなったんじゃろう、「ふふっ」と肩を揺らして吹き出して笑うてな。
四十八にもなった坊主頭の親父が、まるで明日の遠足を待ちきれなくて前日の昼からリュックサックを背負って待っている子供のような顔をしてしもうたかと思うと、さすがにちぃと恥ずかしくなってな。顔から火が出るような思いで、「いかんいかん、播州の男たるもの、もう少し大人の余裕を持って落ち着かにゃあ」と、散髪したての頭をペカペカと掻きながら深く反省した瞬間じゃった。
でものう、皆さん、これが浮かれずにいられますかいな。
あの入院前夜に我儘を通して脂を乗せた腹と、この潔い坊主頭を引っ提げて、久しぶりに我が家の住み慣れた敷居をまたげるんや。
二十四時間パチンパチンと鳴り響く無機質な機械の音に追われることもなく、あの食欲を減退させる病院の青いプラスチックの器やなくて、長年使い込んで手に馴染んだ我が家の茶碗で、炊き立ての温かい白飯が食える。それだけで、ワシの体の中に潜む癌細胞の奴らも、ワシの気迫に圧倒されて、しり込みしてコソコソと逃げ出していくような気がするわい。これこそが、どんな強い抗がん剤よりも効く、ワシにとって最高の戦闘服であり、特効薬なんじゃないかってね。
ま、先生の言う通り、家に帰ったからとて病気が消え去ったわけじゃあねぇ。ここはひとつ、いただいた十日間を大事に使うためにも、羽目を外しすぎんように、我が家のお座敷でもボチボチと静かに養生することにするわ。
皆も、日々の忙しい仕事や暮らしに追われていると、家に帰ることが当たり前になりすぎて、その有り難みを見落としがちかもしれん。けれど、誰かと囲む食卓の温かさ、自分の布団の匂い、そんな当たり前の「我が家」のありがたみを、たまには思い出してみてな。失いかけて初めてその奇跡に気づくようじゃあ、ワシと同じでござんすから。今あるその場所を、どうか精一杯抱きしめてやっておくれやす。
さて、そうと決まれば善は急げじゃ。コインシリンダーからテレビのカードを抜き、ボストンバッグに着替えやら新しい相棒のスマホやらをパパッと放り込んで、荷物をまとめて、一足お先にこの白い城から失礼しますかな。
次は病院の白い天井じゃあなく、我が家の懐かしい縁側から、初夏の心地よい播州の風に吹かれながらブログを更新するかもしれんぞ。
一時の帰宅、家族の笑顔をアテにして、精一杯楽しんで心の養生をしてくるわ。それじゃあ皆、また、ボチボチとな。おやすみなされ。
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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