養生草紙 第二十三巻:普通という名の贅沢、再戦への刺身一切れ  (自宅寮中の嬉しい食事)

十日間の自宅療養、そして第二の戦いへ

いやはや、十日間の自宅療養というのは、本当に瞬きする間もなく過ぎ去ってしもうた。

白一色の城から、夢のような一時帰宅の許しが出たのが十日前。主治医の先生から「治ったわけやありませんよ。無理は厳禁」とチクリと釘を刺され、元気をくれた看護師さんに子供のような浮かれ顔を笑われながら、ボストンバッグを抱えて我が家の敷居をまたいだあの瞬間が、ついさっきのことのようでございます。病院の動かない時計の針に慣らされていた身にとっては、娑婆(しゃば)の時間の流れってなぁ、まるで播州の急流のごとくあっという間で、気がつきゃカレンダーのめくりは最後の夜を指していやした。

この十日間、ワシはとにかく自分の愛おしい居場所のすべてを、五感で味わい尽くすように過ごしておりやした。

病院のコイン式小さなテレビやなくて、家の居間にある大きな画面で、お気に入りの映画を心ゆくまで堪能する。イヤホンで耳を塞ぐんじゃなく、お気に入りの昭和の音楽を古いスピーカーから部屋いっぱいに流してな。窓から差し込む初夏の光を浴びながら、畳の上をごろりと寝転がり、村上春樹の分厚い本をめくりながらお気に入りの一節をゆっくり読み返したり、机にどっしりと据え置かれた大きなパソコンの前に座って、趣味のことを時間を忘れて調べたりな。これまでのPHSからスマホという魔法の板きれに持ち替えたワシじゃが、やっぱり大きな画面と使い慣れたキーボードを叩く時間は、五臓六腑がホッとするもんでございます。

夕方になれば、坊主頭に少し気恥ずかしさを覚えながらも、近くの公園をゆっくりと散歩して、心地よい外の空気を胸いっぱいに、腹一杯に吸い込む。そして、たまーに家族を連れて馴染みの店へ行き、外食を愉しむ……。

誰の人生の日常にも転がっている、なんの変哲もない、何てことない「普通」の日常なんじゃが、それがこれほどまでに冷え切った心に、じわじわと深く沁みるとは思わなんだ。今まで四十八年、がむしゃらに汗を流して働き、明日が来るのを当たり前だと信じて生きてきて、こんな感覚は本当に初めてじゃよ。大病を患い、一度そのレールから無理やり引き剥がされて初めて気づかされやした。「普通」って、実はとてつもなく凄くて、何億もの奇跡の上になりたっている、ありがたいことやったんやな、とね。

そんな夢のような時間も、いよいよ今夜が最後。

前回の入院前夜は、これから始まる大戦(おおいくさ)を前に「これが最後の晩餐かもしれん」という恐怖をねじ伏せるように、馴染みの焼肉屋でタレまみれの肉を腹がはち切れんばかりに食べまくってやった。男の戦闘服代わりに脂をギトギトに蓄えて、無理やりにでも腹の底に火を灯したもんでございます。

けれど、今回はちぃと趣向を変えて、あっさりと瑞々しい刺身を食卓に並べたんじゃ。

美しく包丁が入れられた鮪や鯛の身を、箸で一切れ、また一切れと静かに口に運び、その繊細な旨みを舌の上で静かに味わう。前のように己の恐怖を誤魔化すために「食べまくる」んやなくて、その生き物の命を己の身体に頂くように、愛おしむように丁寧にな。醤油の香ばしさと共に、我が家の食卓を囲む家族の気配、他愛のない会話が、体じゅうの細胞にじんわりと染み渡っていくのが分かりやした。

その一切れを深く噛みしめながら、ワシの頭の中では、明日から始まる「第二の戦い」の段取りを静かに思い描いとった。

あの白黒のはっきりした画像を見せられ、医師から「余命二年」という無慈悲な宣告を受けたあの日の診察室。一度は「ワシ、本当に死ぬんか??」とまで、足の先から凍りつくような暗闇の底で怯えたワシじゃが、この十日間、我が家の懐かしい空気を吸うて、畳の匂いに包まれたことで、少しばかり魂の洗濯ができた気がするわい。あの白いカーテンの檻で削り取られそうになっていたワシの芯、男の意地ってやつが、この我が家の温もりで見事に磨き上げられたような心地でございます。

ま、明日の朝になれば、いやでもあの気ぜわしい病院の午前中が始まり、インスリンの単位や、日に三度の指先への針刺しに追われる日々へと引き戻されやす。

けれど、焦っても、気負いすぎてもしゃあない。敵は一筋縄じゃいかん大物じゃ、こちらがバタバタと波を立てたところで数値が下がるわけじゃなし。明日からはまたあの白一色の廊下をペタペタと歩き、夜な夜な白い天井と向き合うことになるが、今のワシの胸の奥には、この十日間でしっかりと蓄えた「普通の幸せ」という特効薬が、静かに、けれど力強く満ちておる。この温もりを鎧にして、今度こそ真っ直ぐに敵を見据えて、ボチボチと戦ってくるとするわ。

皆も、日々の暮らしや仕事の忙しさに追われて見落としがちかもしれんが、今そこにある「普通の一日」を、どうぞ当たり前と思わずに、大切な人と一緒に精一杯抱きしめて、大切に味わってな。

朝起きて、飯を食い、他愛のない話で笑い合えること。それこそが、この浮世で最高の養生であり、何にも代えがたい極上のご馳走なんじゃから。

さて、そろそろ夜の帳(とばり)も深まってきた。新しい相棒のスマホと、ほんの少しの荷物をボストンバッグにまとめて、またあの静まり返った「城」へ戻りますかな。でも、もう寂しい孤独な夜じゃあねぇ。ワシはワシの道を歩むだけや。

次はまた、病院のあの窓際から、魔法の板きれを通じてお会いしましょう。皆も、穏やかな夜を過ごしなされ。

【ワシからのお願い(免責事項)】
ここにあるお話(養生草紙)は、すべてワシ個人の体験談やレビューや。お薬や治療の代わりになるもんやないからね。
体の調子がすぐれない時は、無理せんと専門のお医者さんの診断を仰ぐのが一番の養生や。自分の体を一番に大切にしてな。
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