養生草紙 第十二巻:白い天井、止まった時計と屋上の風  (孤独感と気分転換)

入院初日の午後、時計の針は止まったかのように

いやはや、入院初日の午後というのは、どうしてこうも時間が進まんもんじゃろうな。

お昼時までは看護師さんの矢継ぎ早な説明やら、血液検査、レントゲンといった電脳からくりのハサミ撃ちに遭ってバタバタと動き回っとったんじゃが、あの味気ないブルーのプラスチック容器に盛られた昼飯を平らげると、事態は一変いたしやした。急に「手持ち無沙汰」という名の、目に見えない大層な怪物に背後からがっしりと組み伏せられたような気分じゃ。

ワシにあてがわれた病室は、白いカーテンで四方に壁を作られた四人部屋でございます。耳をすませば、隣のベッドから時折漏れ聞こえる重苦しい衣擦れの音や、小さなしわがれた咳の音。誰もが己の内に潜む怪物と無言で睨み合っているようで、お互いに声をかけるきっかけすら見つかりやせん。十七時に面会時間が終わって家族が帰路に就き、気の早い十八時の夕食を済ませてしまうと、もう一日のうちでやるべき公の仕事は、何一つとして残っちゃいないんでさぁ。

昨日までは、朝から晩まで納期に追われ、汗を流してがむしゃらに忙しゅう働いとったのに、いきなりこの狭い万年床の上で、コイン式の小さなテレビをぼんやりと眺めるだけの生活。そんなもんで、この有り余る時間が持つわけもないわな。昭和の頑固親父に「働かざる者食うべからず」と叩き込まれて生きてきたワシにとって、この「何もしなくていい時間」ってなぁ、かえって五寸釘をじわじわと打ち込まれるような拷問に近いものがありやす。

「おいおい、時計の針がどっかに引っかかって止まったんやないか?」

そう毒づきたくなるほど時間の流れが遅く、文字盤を何度も、何度も見返しては、まだ五分しか経っていない事実にため息を漏らすばかりでございました。

二十時を回った頃、病室の閉塞感にどうしても耐え切れんようになり、たまらず屋上の公園へ夜風に当たりに行ったんじゃ。

エレベーターを降りて屋上へ出ると、播州の夜を思い出させるような、少し湿り気を帯びた初夏の風がワシの坊主頭を撫でていきやした。そこには、ワシと全く同じようなことを考え、手持ち無沙汰の怪物から逃れてきた人が十人ほどおってな。

薄暗い外灯に照らされたその光景は、なんとも奇妙なものでございました。ベンチにじっと根が生えたように座り込んで動かない人、街の明かりを頼りに薄暗い中で一心に本を読んどる人、夜空のどこかにあるはずの星をじっと仰いどる人、そして何かに急き立てられるように通路を黙々と歩いとる人……。皆それぞれに過ごしとるんじゃが、不思議なほど会話というものが聞こえてこん。誰も隣の人間と目を合わそうとはせず、ただ、耳に入るのは「ひゅう」という寂しげな夜風の音だけでございます。

昼間、あの白一色の廊下で聞いた啜り泣く声や、自暴自棄な叫びが、この静寂の中に溶けていく。言葉を交わさずとも分かりやす。ここにおる全員が、背中に背負わされた「病」という名の深い闇と、たった一人で静かに向き合っとるんじゃ。それを見とるのが、どうにも切なくて、胸の奥がキリキリと痛んだわい。

二十二時の消灯の時間になれば、あとはもう自分のベッドに横になって、ただただ白い壁と白い天井を見つめるしかない。

看護師さんが巡回を終え、パチリと部屋の主照明が消されると、天井には窓の外の街灯がかすかな影を落とす。その闇の中で天井をじっと凝視しとると、昨日まで当たり前のように送っていた賑やかな生活、家族と囲んだ焼肉の煙、職場の仲間たちの笑顔が、もう何年も、何十年も前の、遠い遠い過去の出来事のように思えてくるんじゃ。

つい数日前まで、四十八歳の働き盛りとして、社会のど真ん中で足を踏ん張って生きていた男が、いきなりこの真っ白な異世界に閉じ込められてしもうた。

「ワシ、本当に死ぬんか??」

あの診察室で耳に突き刺さった、容赦のない四文字の問いが、また天井の白さに混じって、浮かんでは消え、消えては浮かびよる。目を閉じればあの白黒の画像が脳裏をよぎり、目を開ければ変わらぬ白一色の天井。四十八という年齢は、親父が肺の病で逝った五十歳まであと二つ。その数字の重みが、暗闇の中でワシの胸をぎゅうぎゅうと締め付けてきやした。

ま、初日の夜はこんなもんじゃろう。誰だって、一晩でこの現実を五臓六腑に染み込ませることなんてできやせん。

この動かない時計の針を受け入れ、夜毎に現れる白い天井に慣れるんが、ワシこと「自由爺」の、新しい「日常」の始まりなんやなと、肚を括るしかありやせん。

今はまだ、誰の声も届かない、ただ風の音しか聞こえん孤独な夜じゃが、明日はまた明日の風が吹く。焦ってバタバタと足掻いたところで、怪物が消えてくれるわけじゃなし、ボチボチとこの場所へ、この白い世界へ、自分の身体を馴染ませていくしかないわな。

皆も、人生の途中でふと立ち止まり、天井を見つめて一人で悩む夜があったら、そっとあの屋上で聞いた風の音を思い出してみてな。孤独なのはあんた一人じゃねぇ、同じ空の下で、同じように夜を耐え忍んでいる仲間が必ずおるんじゃから。

さて、最初の一歩は踏み出した。明日はどんな一日になりますかな。ボチボチ、行こうやないの。

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